喪失感を抱きながらも、傷つきはしなかった――大竹しのぶがコロナ禍に思うこと
客席にたった一人しかいなくても
今は息子と2人暮らしで、自粛期間中は朝昼晩と料理に明け暮れた。 「何日かに1回スーパーに行って、ご飯を作る。お掃除して、洗濯して。以前のインタビューで、『時間があったら何をしたい?』という質問に、『毎日ご飯を作って、私の味、母親の味というのをちゃんと残したい』みたいなことを答えてたんですけど……。毎日作ったら、もう飽き飽きして。夢がかなったわりには、そんなにうれしくない(笑)。よく作ったのは天ぷら。揚げ過ぎちゃうんです、いつも」
時にはリモートで友人たちと議論を交わした。 「海外では役者にも組合がきちんとあって、こんな時でも給料が何割か支払われたりしますけど、日本の芸能界にあまりそういうのはありません。大変な思いをしている人は今もたくさんいる。でも、この世界だけじゃなく、全てが大変。税金の使い方についてとか、違うんじゃないかという思いはあります。だけど、エンターテインメントの世界に対して、もっとこうしてほしいと主張したいとは思わない。私が医療従事者であったら主張します。ボーナスが下がるなんてあり得ないだろう、とか」 いまだ先を見通せないなか、ささやかなことが励みになっている。 「姪っ子が、お芋掘りをした時の動画を送ってきてくれたりして。太陽があって空があって、自然と触れ合い、おいしいものを食べる。それを見ただけでも、人間の基本をちゃんと生きていると思って幸せになる。この間もベランダに黄色いチョウチョが飛んできて、何かいいことがあるかもって。今は友達とおいしいものを食べに行ったりはできないけれど、絶対に楽しいことや幸せなことはあるなと思います」
11月、『女の一生』で約1年ぶりに舞台に立った。マスクをつけての稽古は表情が見えない。 「声の響きが分からないから、やりにくかったですね。あと、酸欠になるんです。肺が強くなって、いい稽古にはなりましたけど」 共演者との楽屋の行き来もできなければ、出番が終わるとすぐに帰宅するため、カーテンコールは最後まで残るキャストのみ。もちろん一緒に食事へ行くこともない。客席は1席おきで、観客も休憩中の会話を控えなければならない。ふだんならお弁当を食べたり感想を言い合ったりして賑わう劇場が、静まり返っている。 「『感染防止のためにお話ししないでください』というアナウンスが開演5分前まで流れているので、お客様は、絶対しゃべっちゃいけないんじゃないか、笑ってもいけないんじゃないか、という雰囲気です。一度、女子学生の貸し切りの日があったんですね。公演の間、ふだんはウケるところも全然ウケなくて。伝わっていないのかなと思っていたんですけど、終わった瞬間にスタンディングオベーション。真剣に、固唾をのんで見てくれていたんですね。すごくうれしかった」