2024年、何があった? 小売業界「11大ニュース」を振り返る
今回は2024年の振り返りとして、小売業界で話題を呼んだ11のトピックスを取り上げることで、2025年のヒントとしてまとめたいと思います。 【画像】閉店が加速しているイトーヨーカドーなど(計5枚) (1)物価高はやや落ち着くも、価格戦略が活発化 2023年は「値上げラッシュ」の年でした。小売に外食、エネルギー関連など生活に密接する品目で多くの値上げがあり、家計を直撃しました。2024年の価格上昇率は「3.9%」で、2023年の「6.0%」と比べると落ち着いています。しかし、依然として賃金が物価上昇に追い付かない状況が続いています。 こうした中、小売業界では家電量販店のノジマやビックカメラ、ドン・キホーテなどがダイナミックプライシングを推進しています。これらのチェーンでは、全国一律の価格ではなく、エリア別・店舗別に柔軟な価格対応を強化しています。 セブン-イレブンは9月に「嬉しい値!宣言」という新コンセプトを立ち上げ、8月末時点で約20品だった対象アイテムを270品に拡大。低価格ニーズへの対応を強化しています。プライベートブランド(PB)の品質向上を実現してきた同チェーンが、ここにきて低価格対応を再度強化したのは注目に値します。値上げによる顧客離反を防ぎ、来店頻度の向上を重視していることがうかがえる、象徴的な取り組みです。 (2)CVSやGMSの店舗数が飽和、ドラッグストアが堅調に推移 次のグラフにある通り、日本チェーンストア協会会員である47社の合計店舗数は2023年から2024年にかけて、1517店舗も減少しています。中でもイトーヨーカドーは2016年に182だった店舗数が2024年末には92店舗を計画しており、5割減となる見込みです。 都市部への人口集中や、地方の人口減と高齢化が進む中で、今後の出店戦略をどう描くか、20~30年先の市場を見定める精度を上げることが求められています。 例えば、一概に都市部がチャンスというわけではなく、競合性が増していく点に注意が必要です。地方は人口こそ減るものの、閉店が増加する中で残った店舗への消費の流入という残存者利益が見込まれます。このように、現状の市場環境のみではなく、未来の市場予測を「人口」「年齢構成」「エリアのニーズ特性」「物流の効率性」「競合性」など多角的に考察して出店・閉店を判断する必要があります。 コンビニエンスストア(CVS)とドラッグストアで大手3社の店舗数を見ると、ドラッグストアはCVSの6.4倍も店舗数が増えています。また、CVSは2社が減少しているのに対し、ドラッグストアはトップ3社とも好調です。ドラッグストアは調剤や医薬品という強みを起点に、食品や化粧品、日用雑貨品へとカテゴリーを広げ、CVSやGMS、ホームセンターといった近隣ジャンルの市場を奪いながら成長しているのが特徴です。他のカテゴリーを奪取していく動きは今後も加速していくことが予想されます。 (3)商品価値は多様性の時代へ 小売各社がPBの品目数や売り上げの向上に注力してきたことは、いうまでもありません。過去のPBといえば、メーカー商品のパッケージを差し替えしただけのような形で「安かろう悪かろう」「ナショナルブランド(NB)の廉価版」といったイメージもありました。 近年は大手各社が品質改善にかじを切り、PBは「価値あるものが安い」という認知が高まっています。2024年もさまざまな商品が話題を呼び、価値もさらに多様化しました。 ドン・キホーテの「ラクラクぶっこみキャリーケース」は「立てたまま荷物をぶっこめる」というコピーで、出張や旅行の際、ケースを床に横にして荷造りするストレスや手間を解消した商品として話題を呼びました。また、同チェーンの「どこでも置くだけエアコン」は、冬場に寒い洗面所やトイレで「ここにエアコンがあったらな」と感じる消費者のニーズに対応しています。 その他「秒でどこでもTKG!?卵かけ風ご飯のたれ」は、卵と醤油を別容器に入れてかき混ぜる手間を省き、容器を割るだけでかけられる商品です。TikTokでも話題を呼びました。これらは、生活の中で生まれる「ふとした要望」を見事につかんだ商品です。不満としてわざわざ声に出さないまでも、日々ちょっと不便に感じている困りごとを解決する。ドン・キホーテでは、そうした商品が多いのが特徴です。 PBに注力しているのはドン・キホーテだけではありません。カインズの「掃除もできて洗濯機で洗えるスリッパ」は、スリッパの裏がホコリを吸着する素材になっており、歩くだけで掃除ができてしまう商品です。「挟んで使えるクッション」も、いすの背もたれやデスク、マットレスに挟むなど、さまざまなシーンで使えます。これらは単一用途ではなく一石二鳥、三鳥の価値があることが特徴です。 イオンでは2025年までに、全ての「トップバリュ」商品を「環境貢献3R商品(Reduce/Reuse/Recycle)に切り替えると発表しています。消費者がトップバリュ商品を購入するだけで、気軽に3R活動に参加できるという、小売業ならではの価値を付加しています。10月にグループ18社6200店舗にて「えらぼう。未来につながる今を」と冠したフェアで環境配慮型の商品を提案したり、参加型のイベントを開催したりと、環境貢献の動きを強化しています。 環境という点では、4月にキリンビールが発売した「晴れ風」は、売り上げの一部を「日本の風物詩」に寄付をする価値を備えています。花見や花火などの保全・継承に寄付し、ビールを楽しむシーンをともに大事にしていこうというアプローチです。 このように商品の価値が多様化している中で、単に「低価格で高品質」なだけではない、環境貢献や生活課題の解決、効率化といった付加価値が求められる時代になっているのです。 (4)「2024年問題」がより深刻化 物流業界で「2024年問題」といわれた本年には、輸送人員に加えて倉庫人員の不足、そして人件費やガソリン代の高騰など、深刻な課題が顕在化してきました。物流大手であるヤマトホールディングスが、2024年度の上期連結決算で150億円の赤字へと転落したのが象徴的です。 今後はさらに輸送リソースの不足が想定され、輸送・倉庫人員の確保、業務の効率化に加え、ロボットをはじめとしたデジタル化推進、物流費の価格転嫁、他社との物流統合会社設立など多角的な対策が急務です。 例えばカインズとP&Gは、9月に包括的なサプライチェーンの協働強化を発表。トラックの帰り便を活用した共同輸送を本格開始しました。ダイドービバレッジサービスが2025年1月21日付でアサヒ飲料販売を吸収合併し、ダイドーアサヒベンディングへと商号を変更し、自販機オペレーションの効率化、将来的な人手不足への対応など早期に対策を取ったのも象徴的です。ビジネス面では競合していても、オペレーション面では協働して収益を保持する。この流れで、さまざまなプレーヤーがタッグを組んでいくことでしょう。 (5)ライトワンマイルの取り組みが加速 セブン-イレブンの「7NOW(セブンナウ)」は、セブンの商品をスマホで注文すると、最短20分で配送するサービスです。8月時点で約1万6000店舗に拡大しており、2024年度中に全店での展開を掲げています。店舗の商品を宅配する動きは今後、小売業でより進んでいくでしょう。店舗は、商品を購入してもらうだけではなく、宅配用の在庫という役割も担うようになり、それによって物流費の軽減を図りながら店舗ならではの強みを生かしてECに対抗する流れです。 (6)顧客の声をいかに活用するかがポイントに ドン・キホーテを展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)グループは、1500万人以上の会員を持つオリジナル電子マネー「majica(マジカ)」公式アプリ内に、新たな機能として「マジボイス」を導入。アプリ内で商品の評価やコメントをできる機能として、商品の改善や他の人の評価を確認した上で購入する流れを実現しました。メイン機能の一つである「正直レビュー」には、開始7カ月で累計62万件の評価・コメントが投稿され、顧客視点のマーケティングを具現化した取り組みとして、他の小売企業からも注目を集めています。 この「顧客視点」という普遍的かつ本質的なテーマは、今後さらに重要性を増していきます。 市場が飽和する中、各企業は自社の増収増益をどう確保するかが一義になりがちです。しかし、それを実現して継続するには徹底した顧客視点が必要なのです。主語が「お客さまが」「お客さまにとって」ではなく「当社が」「当社にとって」となれば、顧客離反を起こしかねません。 これはテクノロジーにおいても同様です。生成AIが注目を集めたことで「AI導入ありき」の取り組みをしがちですが、あくまで目的は「AIの導入」ではなく「お客さまにとってどう価値があるか」です。テクノロジーが主役とならないよう、十分に気を付ける必要があります。顧客視点という原点に立ち返れた企業だけが、これから勝ち組となるといっても過言ではありません。 (7)リテールメディアへの参入が本格化 2024年は、リテールメディアに参入を表明した大手小売業が30社を超えました。 店舗の飽和や人口減少によって、新たな価値を付加しなくては増収増益が難しくなってきた日本の小売市場において、各社が参入を表明しているのがリテールメディアです。リテールメディアとは、売場のサイネージやアプリ、ECサイトなど、顧客との膨大な接点を強みにして、それを広告価値としてメーカー企業へ販売する取り組みです。10月に開催されたリテールメディアのイベントには、小売業や消費財メーカー、さらに広告業界を中心に当初想定の2倍に当たる来場者数があったことからも、注目度の高さがうかがえます。 リテールメディアは、新たな収益だけではなくメーカーと小売がともにマーケティングを高度化していくことにつながる取り組みのため、業績効果が高く見込まれています。小売、メーカー、広告会社が三位一体となって新しいメディア市場を創り上げられるかに今後も注目が集まります。 (8)インバウンド、小売市場も拡大中 みずほリサーチ&テクノロジーズのデータによれば、2024年のインバウンド消費総額は7.3兆円、訪日外客数は3477万人で、2025年には7.6兆円、3622万人となる予想です。観光庁のデータによると、消費の30%前後が「買い物代」であり、約2.2兆円が小売業の商機として見てとれます。 こうした追い風を受け、三越伊勢丹ホールディングスは2024年3月期の決算でインバウンド売上高が過去最高の1088億円だったと発表。2018年度と比較して45%増という飛躍的な拡大です。ドン・キホーテも、個性的な店舗装飾がインバウンド顧客の体験価値につながり、2024年6月期の免税売上は1173億円となり、前期比で3倍という成果を出しています。「ただ商品を買うだけ」ではなく思い出や話題につながるアミューズメント性を備えることが、インバウンドを取り込む際のキーワードとなります。 (9)サイバー攻撃は「対岸の火事」ではない 小売業はサイバー攻撃に備える重要性も高まっています。イズミが2月にランサムウェアの攻撃を受け、発注システムが停止、対応に特別損失として10億円を計上して決算も遅延。2025年2月期の純利益が30%減となる見込みを発表したことからも、その重要性はよく分かります。 サイバー攻撃はどの企業にも起き得ることであり、セキュリティの早急な見直しが求められています。本社と店舗のメールやファイル送信など、全ての活動においてサイバー攻撃のリスクは潜んでいます。業績を直撃するだけでなく、信用き損という被害も発生することで復旧にはかなりの時間を要するでしょう。ガバナンスの最重要テーマとして、万全の対策が急務です。 (10)ウエルシアとツルハの経営統合 2月、ドラッグストア首位のウエルシアホールディングスと2位のツルハホールディングスが経営統合を発表。売上高2兆円超のドラッグストアが誕生する見込みです。 特に注目なのが、ヘルスケア市場です。経済産業省によると、2020年に18.5兆円だった市場は2050年には59.9兆円になるとのこと。異業種から参入も増えている中、小売業においてはドラッグストア、特に調剤機能を強みとした展開に注目が集まっています。ドラッグストア同士の統合や別業態からの買収、商社など異業種による買収など、ドラッグストアを軸としたM&Aは今後、さらなる増加が予想されます。 (11)人材不足への対応 労働人口が減少していく日本市場において、小売業も例外ではありません。今後も人材の取り合いは継続していきます。特に出店を継続するには多くの人材を要するため、定年退職や転職などの人材減少数と、採用による増加数のバランスが取れないと、現場負荷が増大してしまいます。それがまた次なる離職を呼び起こしてしまう、という負のサイクルに陥らない対策が急務です。 そのために人材紹介会社の活用や、自社イベント、外国人募集といった形で採用手法を多様化するとともに、スポットワーカーや出戻りを歓迎するなど、採用基準の見直しが必要でしょう。イオンが9月に、退職理由を問わず再入社できる制度を開始したのは好例です。 従来の制度では結婚・出産・育児・介護などのやむを得ない事情で退職した人を対象としていましたが、今回は競合へ転職した人や、新卒採用時に内定を辞退した人も対象です。 イオンの他にはカインズが、独自の人事戦略「DIY HR」を推進。「じぶんらしい働き方、創ろう。」というスローガンの下で「キャリアパス」「ラーニング」「コミュニケーション」「ワークスタイル」「ウェルビーイング」に注力しているなど、各社で採用・教育・評価の見直しが活発化しています。 「開示義務化」によって人的資本経営の取り組みが加速することは間違いありません。採用の確保と入社後の成長促進は、店舗対応品質に直結し業績に影響する大変重要なテーマでしょう。 今回は、2024年の締めくくりとして、小売市場を中心とした11大ニュースを紹介しました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 (佐久間俊一)
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