陰謀論者の常套句「メディアは操られている」が隠す”不都合な事実”
陰謀論は不正義を隠ぺいする
「ゼレンスキー大統領はネオナチである」というフェイクニュースを世界中にプロパガンダしたのはロシアのプーチン大統領であった。 「ゼレンスキー大統領自身の出自がユダヤ系である」という公開された事実を知っていれば、またナチスドイツがそのユダヤ人を大戦中に大量虐殺したというホロコーストの事実に関する知識をもっていれば、この言説に根本的な矛盾があることに気付けるはずであるが、それを理解できないのが陰謀論信者である。 そのプーチン大統領が引き起こしたロシア軍によるウクライナ侵攻さえも、「ロシア・ウクライナ戦争は存在しない」という陰謀論の対象となる。ロシア軍による「ブチャの大虐殺」に関するメディア報道で使用された画像、動画自体がフェイクであると陰謀論者が攻撃した。 発端は、ロシア軍が侵攻したウクライナ北部の町、ブチャで住民がロシア軍によって大量に殺され、その遺体が大量に道路に放置されていた動画の存在である。この動画自体がフェイクであるという言説から、この住民を殺したのはウクライナ軍であり、これも自作自演であるという言説まで発生した。 これこそがプーチン大統領が実践してきた「ハイブリッド戦争」(hybrid war)である。戦争において軍事や経済などハードパワーだけで戦うのではなく、文化や情報などソフトパワーを駆使して政治的な優位を保ち勝利しようとする戦略である。 そこで重要になってくるのが、テレビや新聞、雑誌、ネット、SNSなどのメディアにおいて語られる戦争の言説「ナラティブ・ウォー」(narrative war)である。 実際の戦争において、事実がどのようなものであったかよりも、時間軸と空間軸を超えて、メディア空間においてその戦争がどう語られているか、それを制御することによって戦争の勝敗は決するという考え方や社会情勢がその背景にある。 かつて第二次世界大戦において、アウシュビッツでのユダヤ人大量虐殺はなかったとするフェイクニュースも現代まで繰り返し拡散され、日本でもこの言説を1995年に記事として流布した雑誌『マルコポーロ』は国際的な非難を浴び当時廃刊となった。 このように陰謀論は、権力による暴力、不正義を隠ぺいする機能ももつ。つまり事実に対してそれをフェイクニュースとラベリングすることによって、暴力の事実や不正義の事実を隠ぺいすることに加担しているのである。 社会不安を引き起こす重大な危機において、何が真実で何が虚偽であるかを判断することにリテラシーを要するようなインフォデミックな状況において、陰謀論はフェイクニュースによって虚偽の事実、デマを拡散させるだけではなく、反対に真実の情報をデマだとしてプロパガンダするという両面の機能をもつ。