地元で論争も? 「越前おろしそば」に正しい食べ方はあるのか
講師は、例年福井県で開催される「全日本素人そば打ち名人大会」で第9代名人に輝いた岡本幸廣さんが務めた。白い作務衣の背中に書かれた「越前おろしそば」という文字がどこか誇らしい。こね鉢や麺棒、駒板といったそば打ち道具は、一式が用意されていて、もちろん県内産のそば粉を使う。 岡本名人がそば粉の袋を開けて、こね鉢に水を入れる「水回し」をすると、そばの香ばしいにおいが、周囲に広がる。その香りに思わず参加者が「いいにおい!」と声を上げる。そして、名人は「鉢いっぱいに手を広げてこねると効率的です」「しっかりと練り込むのが大事ですね」と明るい声で手順を教えながら、「こね」「のし」「切り」といった一連の作業を手際よく進めて行った。
参加者らも、見よう見まねでそばを打つ。上手に均一にのすことができなかったり、切ったそばの幅が不揃いだったりと悪戦苦闘だったけれど、自分の打ったそばに満悦のようだった。名人が打ったそばは、その場でおろしそばとして提供された。ゆで過ぎないのがポイントだという。ここでの「越前おろしそば」は、そばに大根おろしが入った出汁をかけ、その上に薬味を乗せるというスタイル。こちらも文句なく、おいしい。 イベントの手伝いに来ていた県職員や製粉工場の経営者らに「おろしそばの食べ方には論争があるらしいですね?」と聞いてみると、みんな口を揃えて「そういった話もありますが、おいしく食べられればいいのではないでしょうか」と笑う。論争は論争だけれど、県を二分するほど深刻なものではないようだ。
人と人をつなぐ心がこもった料理
岡本名人にそば打ち上達のコツを聞いてみた。名人は「打ったそばを人にあげて、おいしいと言ってもらえるのが嬉しくて、嬉しいと言ってもらえると、今度は綺麗なそばを打ちたくなります」と答えてくれた。
そういえば「御清水庵 清恵」の中本さんはこう話していた。「人間は“人の間”と書き、人と人の間を近づけるのが人間です。二つの漢字の間に“手”を差し伸べると、人手間、つまり“ひと手間”になるんですよ」。 「料理にひと手間かけて、綺麗においしく食べてもらいたい」。当たり前だけれど、そんなふうに心がこもった料理こそが人と人を近づける。「何これ? おいしい!」と純粋に喜んで店を後にしたお客さんが、また友人を連れて来店してくれる。中本さん流の情報発信は地味だが、こうして確実に福井ファンを増やしている。 取材協力:福井県ゆかりの店 in 東京 ---------- 店名:御清水庵 清恵 住所:東京都中央区日本橋室町1-8-2 日本橋広末ビル1F 電話:03-3231-1588 定休日:土曜日・祝日