コーチ就任から桑木志帆初優勝までの「5カ月間」を、コーチ目線で振り返る【中村修が振り返る「桑木志帆の躍進」・中編】
3戦目は苦手なコースということもあり予選落ち。しかし4戦目の「ヤマハレディス葛城」では優勝争いを繰り広げ、終盤の勝負所のパットが決まっていれば……という内容で4位タイフィニッシュ。シーズン4戦目にして初めての上位フィニッシュに、ホッと胸をなでおろしました。 「KKT杯バンテリン」では首位から3打差の5位タイフィニッシュでしたが、実は3日間同じ5番ホールでボギーを打っていまいた。5番ホールは左ドッグレッグ。フェードヒッターが苦手な左ドッグレッグホールの攻略という課題が見つかった試合となりました。 桑木のお父さんが全コースのヤーデージブックを手書きでコピーし、全ラウンドのボール地点を記録していることで、苦手なシチュエーションが浮き彫りになっていました。しかし、ただ安全にプレーするだけではスコアは伸ばせません。 門田、小田亨キャディの二人のベテランは、「行けるなら行け! ここは行くしかない!」とあえてブレーキをかけないことで、攻めるゴルフを教えてくれていました。ときにはボギーも打つこともありましたが、それは間違いなく桑木の成長を促してくれてもいました。 翌週の「フジサンケイレディス」で最終日最終ホールの2打目を直接放り込んでイーグルとし9位タイで終えると、次の「パナソニックオープン」で転機が訪れます。前週のコーライグリーンからベントグリーンに変わったこともあってパットが入らず、2日目を終え予選カットは免れたものの、トップの背中ははるか彼方の45位タイ。 3日目、練習用にと渡していたオデッセイのピン型のパターを初投入。ラウンド後「このパターだとラインが作れます」と語っていたように、このパターチェンジはパッティングの転機になるという確信があありました。
もうひとつ、きっかけとなる出来事がありました。2週後の「RKB三井松島レディス」の際に、友人でもあるエンジョイゴルフ代表・佐々木信也さんにお願いして、右脳と左脳の使い方を学べる「フォーカスバンド」という機器を使用したセッションを受けたのです。 左脳で状況判断をしたら、右脳に切り替えて打つ。ショットではそれが自然とできていましたが、パットになると雑念が入って持てるパフォーマンスを出せずにいるこがわかりました。フォーカスバンドのセッションで学んだ集中の仕方を試合でも実践すると、少しずつ効果が表れ、自分で納得するパットの回数が増えていったのです。