曾祖父は幸田露伴、祖母は幸田文、母は青木玉…物書き一家に生まれたエッセイスト・青木奈緒が選んだ文庫3選(レビュー)
『古都』は1961年から翌年にかけて書かれた連載小説です。一方で、幸田文の『雀の手帖』は『古都』よりさらに二年前、1959年の新聞連載をまとめたものです。日々のあれこれを綴った随筆で、小説よりも実生活がより強く反映されています。時代を共有していた新聞購読者に向けて書かれており、今の私たちはある意味、読者として想定外なのではないか、作品が賞味期限切れになっていやしないか、という点が先頃、文字拡大新装版が刊行されたときの私の密かな心配でした。 身内の目には甘いところがあるかもしれません。でも、たぶん、大丈夫です。それどころか、令和の時代を生きる私たちはおそらく読者として想定されていないからこそ、読書という主体的な行為によって六十五年前の過去へ対話しに行くことができる、すでに故人となった著者と心を通わせることができるように思います。 海の水は表層の波の動きとは別に、数千メートルの深さでゆったりと深層海流が流れているのだそうです。成立から時を経た作品を読むとき、私は深く潜って、この深層海流に触れに行くような感覚を覚えます。時の移ろいはめまぐるしいようでいて、深いところにゆったりしたものが流れているのではないでしょうか。その深いところに作品の命が宿っているに違いない。そんなことを考えながら、過去の作品と向き合っています。 ※[私の好きな新潮文庫]深く潜って触れに行く――青木奈緒 「波」2024年11月号より [レビュアー]青木奈緒(エッセイスト) 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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