北ミサイル、狙われた楽園グアム「準州」の悲哀
大統領選の投票権がない
州と準州の違いは一言でいえば、準州は州より自治権が弱いという点に尽きる。 建国の理念上、連邦政府(中央政府)と州政府がかなりの役割分担をするのがアメリカの政治であり、州に与えられている権限が大きい。日本の場合、州と日本の県を同格に見なしがちだが、明らかに異なっている。州と訳されている「ステート(state)」は一般には「国家」を意味しており、各州は独自に憲法を制定し、刑法、民放、商法をはじめとして法律は各州によって異なっている。連邦政府が手を出せるのは、原則的には国防、外交、貨幣の鋳造といったアメリカ合衆国憲法に列挙されている分野か、複数の州にまたがることだけである。 州ではないために、準州は連邦政府から大きな制約を受けることになる。例えば、グアムの場合、自治が認められたのは1950年であり、それ以前は連邦政府(米軍)が統治していた。米軍統治時代は、グアム住民の権限などははっきり定義づけられてはおらず、アメリカの市民としての地位はなかった。当時は知事が公選ではなく、米軍による任命でもあった。先住民族であるチャモロ人の土地が米軍の利用のために、かなり不当に接収されるのも一般的だった。 自治権が認められてからは他の州と同様、自前の立法府と裁判所を有しており、「グアム法」も存在している。ただ、それでも他の準州と同じように住民には、大統領選挙の投票権がないほか、連邦議会に議員を送ることもできない。 現在は大統領選挙の投票権はないが、その前段階の政党の候補者を選ぶ予備選の方には投票権がある。連邦議会に議員を送ることはできない代わりに下院に代議員を送ることができる。代議員には投票権はないものの、議会の各種委員会の構成メンバーとして法案についての様々な議論はできる。自治権獲得後は、知事は準州内での公選となっている。
米政府が「守ってくれる」
準州のいずれも、それぞれが独立しようとも国家としては成り立たない人口である。また、「困ったら連邦政府が助けてくれる」という見方もあり、実際に振興策の恩恵にあずかってきた。例えば、プエルトリコは、長い間、連邦法人税の優遇措置の恩恵を受けられたため、多くの多国籍企業が進出していた。合衆国からの離脱運動もほとんどないのも、うなずける。 ただ、連邦政府に依存するのは、諸刃の剣でもある。プエルトリコの場合、連邦政府の財政悪化の中で優遇措置が段階的に縮小・廃止されたため、企業の撤退が続き、人口減が続いている。プエルトリコ政府の赤字が拡大し、赤字地方債への依存度が高まったため、財政破綻に至っている。 今回のグアムへのミサイル危機も「危機的になったらトランプ政権が守ってくれるはず」という声が現地では圧倒的だ。そもそも米軍があるから狙われるわけであり、話は単純ではないかもしれない。グアムでは米軍によって接収された土地の補償・返還を求める運動もあるが、なかなか進んでいない。 そう考えると、準州であること自身が悲哀なのかもしれない。 --------------------------------- ■前嶋和弘(まえしま・かずひろ) 上智大学総合グローバル学部教授。専門はアメリカ現代政治。上智大学外国語学部英語学科卒業後,ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA),メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(単著,北樹出版,2011年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著,東信堂,2014年)、『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』(共編著,慶応義塾大学出版会,2013年)