【連載 泣き笑いどすこい劇場】第28回「意地」その1
“勘違い横綱”に真っ向から対抗心を燃やしたのが白鵬だった
もうすぐ新しい年が始まります。 来年こそ、新天地の開拓を、あるいは心ひそかに念じている目標達成を、 と思っている人も多いのではないでしょうか。 なるか、ならぬか。 カギを握るのは意地です。 意地とは心意気、もっと踏み込んで言えば、思い入れ、こだわり、執念、粘りのことです。 勝負に生きる力士たちの意地もなかなかのものです。 そんな者同士がぶつかり合うのだから、意地の突っ張り合いも並大抵ではありません。 ときには突っ張りすぎて脱線転覆することだってあります。 そんな面白エピソードを。 ※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。 【泣き笑いどすこい劇場】第5回「力士の憧れ 天皇賜盃」その4 意地の上手投げ 意地の張り合いの頂点が賜盃争いだ。平成20(2008)年初場所は場所前から異常な熱気に包まれた。原因は朝青龍だった。この前年、夏巡業を休んでモンゴルでサッカーに興じていたことが明らかになり、科された2場所出場停止処分がようやく明け、土俵に戻ってきたのだ。 自らまいたタネにもかかわらず、ファンの前に姿を見せた朝青龍はまるでヒーロー気取り。時ならぬ朝青龍フィーバーが巻き起こる中、女流占い師の細木数子さんから贈られた真新しい化粧廻しを締めて土俵入りし、また場所入りするときのクルマは超高級車の真っ白なロールスロイスだった。 この“勘違い横綱”に真っ向から対抗心を燃やしたのがその留守中、一人で場所を支えた横綱4場所目の白鵬(現宮城野親方)だった。しっかり2連覇した九州場所の千秋楽翌日、 「(2場所も休んでいた人に)優勝させてたまるか、という強い気持ちがある」 と早くも闘志をむき出しにしている。 注目の初日。まず先に土俵に上がった朝青龍が東小結の琴奨菊(現秀ノ山親方)を右四つ、左上手投げで仕留め、175日ぶりに白星を挙げた。すると、そのあとに登場した白鵬。西小結の出島(現大鳴戸親方)の出足を止め、左で上手を取ると、まるで写し絵でもしたように、まったく同じ上手投げで叩きつけ、こう言って胸を張った。 「横綱(朝青龍)が上手投げで勝ったので、自分も同じ上手投げで勝ちたいという気持ちがありました。最高の相撲でした」 この意地が千秋楽の明暗を分けたと言える。14日目を終え、両者13勝1敗。相星のまま、千秋楽の賜盃を懸けた直接対決にもつれ込み、右四つがっぶりから白鵬が左から渾身の投げを放つと、朝青龍の体が大きく転がった。この決まり手もまた、上手投げだった。勝った白鵬は興奮を抑えきれず、 「夏巡業からずっと一人で頑張ってきたので、休んでいた横綱に負けたくなかった。優勝できてホントに良かった」 というと大粒の涙をこぼし、声をかすらせた。 月刊『相撲』平成25年2月号掲載
相撲編集部