“チャリで来た”1枚の画像で時の人に、ネットの拡散には「正直ムカついていた」「怖かった」 当事者と考える“ネットミーム化“、その功罪
SNS上で無断転載され、いつまでもネタにされ続ける“ネットのおもちゃ”は数多く存在する。その中でも「元祖」と呼べる男性が、東京都在住の熊田勇太さん。 【映像】“チャリで来た”から作られたコラ画像の数々 きっかけとなった「若かりし頃の僕」と話す画像が、「チャリで来た。」だ。2008年、友人と撮ったプリントシールがネットに流出。そのインパクトある写真はさまざまな媒体で拡散され、あっという間に日本一有名なプリントシールに。結果、パロディやコラ画像が量産されてしまった。 一度ネタにされたら最後、永遠にイジられ続ける可能性もある“ネットミーム”問題について、『ABEMA Prime』で熊田さんとともに考えた。
■“犯罪者グループ”“殺人犯”のデマも流され…「怖かった」
熊田さんがプリントシールを撮ったのは、小学6年生~中学1年生になりかけの頃だったという。「友達とチャリンコで服を買いに行ったから、“チャリで来た”。シンプルにそれだけ」「文字はたぶん僕が書いた」と振り返る。 今でいう“大バズリ”。しかし、「当時そんなものはない。気づいたら学校中が知っていて、どんどん広まって大変だった」。相当イジられ、「世の中で一番『今日何で来たの?』と言われている人だと思う」と語る。 ネット流出後に起きた出来事として、写真を見た他校の不良が学校まで訪ねてきてケンカ、個人名・自宅の住所も特定される、おもしろ画像を特集した雑誌に無断で投稿される、「犯罪者グループ」「殺人犯」というデマが流される、といったものがあった。 熊田さんは「最初はバカ画像として扱われ、ネットにコラが拡散されていき、もはや『僕らの写真』ではない。ふざけている画像ばかりなのも恥ずかしい。知らない人に声をかけられて、もちろん怖かった。ただ、こっちは普通に撮っていただけなので、正直クソムカついていた」と語る。
一度落ち着いたと思っても、再発するような状態が続いたそうだ。「ある地方では殺人犯扱いされていたこともある。ネットで広まったものの止め方がわからない。ただ、『バカ画像』という雑誌が出た時は、出版社に自分で電話したことがある」という。 とはいえ、中にはポジティブなイジられ方もある。プリントシール機に「チャリで来た」のフレームが実装されたほか、GLAYが東京ドーム公演でパロディをしたり、ラッパーが楽曲『チャリで来た』をリリース。漫画『進撃の巨人』『ゴールデンカムイ』などの作品内で、登場人物がポーズをとった。 「ある時、記者が『当時の話を聞かせてほしい』と取材に来て、記事がすごく話題になった。Yahoo!ニュースのコメント欄があたたかくて、吹っ切れるきっかけになった」と明かす。 熊田さんにとって、「チャリで来た」は消したい過去なのか。「受け入れた。受け入れざるを得ない」。しかし、そう思い至るまでには10年以上かかったそうだ。