原因不明の発声障害、歌えない「地獄」と10年以上向き合った先に T-BOLAN森友嵐士の絶望と再生
過去の自分に負けてるっていう発想がそもそも間違っていた
小さな転機が訪れたのは、息子が生まれた時だった。 「やっぱり、男の子っておやじの背中を見ている。だからにわかに『今の自分は大丈夫かな?』ってクエスチョンが浮かんだ。過去の自分に負けてるおやじって……どうなんだろう?と」 プロデュース業などさまざまなオファーは来ていた。しかし「歌えない自分には何もできない」と思い込んでいた当時は、すべてを断っていたという。 「息子を眺めながら、ちょっと待てよ、と。過去の自分に負けてるっていう発想がそもそも間違っていたな、と思ったんです」 T-BOLANを封印し、その時点で自分の発想を初期化する。リハビリのやり方も切り替えていった。意識改革をしながら取り組んだ課題曲は、「上を向いて歩こう」。新しい歌声を目指したその第一歩で、大きな手応えを感じることができたという。 その後は2009年にソロ活動を開始し、2012年にバンドとして再始動。 長い時を経て今年、約28年ぶりにして6枚目のオリジナルアルバムをリリースした。 「近い時期にデビューしたB'zは、ずっと音楽を作り続けているわけで、そこにはリスペクトがあります。僕らは30周年なのに6枚目ですよ、少ないでしょう。でもね、自分の人生は、なるべくしてそうなっている。神様は意地悪だな、なんで僕ばっかり、とか思いましたけどね。それあっての今、なんです。歌声を失って出会えたものもたくさんあるから。ここからどれだけ作品を残していけるかわからないけど、あの経験があって生まれる音楽が、誰かの喜びにつながっていくとしたら……それは、僕にとってのご褒美なんじゃないかな」
もう一人で闘わないと決めてる
それにしても、だ。 10年経っても歌えないかもしれない、そんな診断を受けたとしたら、普通は歌を諦めるのではないだろうか。何か音楽以外でも、別の道を探そうと思ったことはなかったのか。 「ない。一瞬もないです。もちろん、周りからは言われましたよ。別の表現方法を探したらどうか、とか。だけど歌うことをやめたら……僕が消えるよね。別の生き方をするというのは、もう暗闇。歌うことそのものが、僕の存在証明ですから。逆に、また歌えるようになったら、違う仕事をしてもいいと思っていました。だから歌を取り戻すという作業しか、選択の余地はない。ただ、こんなにかかるとは思わなかった」