原広司の名言「部屋の数だけ世界がある。」【本と名言365】
これまでになかった手法で、新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。建築界に大きな影響を与えた原広司の『集落の教え100』は多くの名言に満ちた名著。今回は100番目の言葉から、原が集落に見出したものを紹介する。 【フォトギャラリーを見る】 部屋の数だけ世界がある。 建築に何が可能か。この問いを追い続ける建築家が原広司だ。原は1960年代から、個人住宅、美術館、教育施設、駅舎、高層建築、ドーム建築など、大小さまざまな規模の建築を実現しており、なかでも〈JR京都駅〉〈梅田スカイビル〉〈札幌ドーム〉が国際的によく知られる。同時に原は教育者である。山本理顕、隈研吾、竹山聖、小嶋一浩などのそうそうたる建築家に加え、社会学者の吉見俊哉も輩出してきた。 その原が1972年から1997年まで続けたのが集落調査だ。長く教鞭を執った東京大学を定年退任する際にまとめた『集落の教え100』は、原の設計に対する理念、設計手法の一端を窺うことの出来る名著である。そして100の教えは同時に100の名言といえるだろう。 「あらゆる部分を計画せよ。あらゆる部分をデザインせよ。」「同じものをつくるな。」「場所に力がある。」から始まり、「地下室は、記憶の箱である。」「中庭は、世界の始点であり終点である。」「部屋の数だけ世界がある。」まで。原は100の視点とその鍵となる言葉、さらに論考と写真、図版、さらに補注をもって、集落の魅力を解き明かしていく。原の思想は数学的な理論と哲学、集落から得た知見が入り交じるため難解とされるが、本書で記す内容はきわめて明快。建築に限ることなく、さまざまな分野の人々に示唆を与える内容になっている。 すでに取り上げた言葉も去ることながら、原の言葉はどれも非常に詩的で美しい。「すべてが見えてくる夜明けに、集落の様相を見よ。」と書いた次の項では「すべてが見えなくなる夕暮れに、集落の様相を見よ。」と書く。「逃亡者たちは、楽園を作る。」「鳥は、集落や建築の友である。」といった言葉を入り口に、原の解釈が続く。キーワードから建築を読み解く本書は原の友人である作家の大江健三郎を触発し、やはりキーワードから小説を解体していく文学論『新しい文学のために』を書かせた。同じく大江の小説『燃えあがる緑の木』にも原をモデルとする人物、そして原の建築(内子町立大瀬中学校)が形を変えて登場する。 原は100番目のキーワードである「部屋の数だけ世界がある。」の項で「集落を知れば知るほど、世界の多様な展開に気づいてゆく。この多様性は、そのまま人間の多様性に対応しているのだろう。」と書く。また「集落は過去の存在ではなく、未来の存在つまり可能態として在りつづける。」と続けており、人々が集落に新しい解釈と解読を加えることで今日的な意味が発生するという。ローカルな世界を見続けた原は、そこに普遍性を見出した。それは冒頭で紹介した原の代表作に繋がる。原が言うように集落は常に変化を続ける。そこに何を学ぶかは、私たち自身の視点にこそある。
はら・ひろし
1936年神奈川県生まれ。1964年東京大学数物系大学院建築学専攻博士課程修了後、東洋大学工学部建築学科助教授。1967年に発表した著作『建築に何が可能か』で注目を集める。1969年東京大学生産技術研究所助教授。1970年よりアトリエ・ファイ建築研究所との協同による設計活動を始める。また同時期よりヨーロッパ、アフリカ、中南米をはじめとする世界40数か国の集落調査を行う。1982年東京大学生産技術研究所教授に就任。以降は国際的な活躍を見せる。1997年東京大学退官、同年より東京大学名誉教授。
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