【毎日書評】なぜ「シティ・ポップ」は悲しい歌詞でも悲哀を感じないのか?
アダルト歌謡とシティーポップの差異
そしてもうひとつ、アダルト歌謡とシティーポップも比較されています。取り上げられているのは、昭和60年前後に不倫をテーマにつくられた立花淳一「ホテル」(作詞:なかにし礼、作曲:浜圭介[昭和60年2月の島津ゆたかのカバー曲が16万1990枚])、テレサ・テンの「愛人」(作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし)と、小林明子「恋に落ちて」(29万9470枚)(作詞:湯川れい子、作曲:小林明子)(95万5360枚)。 昭和五九年二月に発売された「ホテル」では、身勝手な男性と、ひたむきで弱い姿の女性が強調されて描かれている。「ホテルで逢って、ホテルで別れる、小さな、恋の幸せ」「あなたの黒い電話帳、私の家の電話番号が、男名前で、書いてある」「奪えるものなら、奪いたいあなた」と、とても子供に聴かせられるものではないアダルトな歌謡曲である。(326ページより) 昭和六〇年二月の「愛人」は「たとえ一緒に街を、歩けなくても」「わたしは待つ身の、女でいいの」と、このような控えめな女性がいたらという男性願望の女性像が描かれる。アダルトなポップス寄りの歌謡曲であり、耐え忍ぶ女性の心情を描く。哀調を帯びた旋律が魅力的である。(326ページより) 「恋に落ちて」は、昭和六〇年八月から放映された不倫をテーマにしたドラマ「金曜日の妻たちへIII」の主題歌となった。 「Darling, I want you、逢いたくて、ときめく恋に、駆け出しそうなの」と恋愛感情が抑えられない一方、相手に電話をかけようとして「ダイヤル回して、手を止めた、I’m just a woman Fall in love」と我に返る。 「あなたが欲しいの」や「恋に落ちた女です」とすると「演歌」のようになってしまう。ここを英語の歌詞にしているところが、アメリカンポップスを好む湯川れい子らしい。結ばれない愛だとわかっても、シティーポップの旋律により、明るい希望がかすかに見える。(326ページより) たしかにこうして対比してみると、哀調を帯びた旋律によって悲しみやつらさを訴える歌謡曲と、そういったものを感じさせないシティーポップとの違いがよくわかります。 また、このころに不倫をテーマにした歌謡曲が生まれた背景には、それまでタブー視されてきたものがタブーではなくなってきた社会変化を読み取ることができるようです。 昭和三〇年代には男性と女性がお互いに夜のムードを醸し出すデュエットソングが登場し、四〇年代のアイドル歌謡ではタブー視されていた女性が男性を誘う際どい歌詞が氾濫した。 昭和四〇年代には裏文化であったものが、五〇年代半ば以降には表文化へと変わってきてしまった。お色気路線や同棲生活が歌謡曲の題材として当たり前になると、今度はもっと刺激的で手の届かないものを求めるしかない。そのタブーな題材が不倫であったのではないか。(327ページより) つまりは歌謡曲の題材が行き着くところまで行き着いた──著者はそう分析しているのです。(325ページより) 歌謡曲に関する新聞、雑誌の記事はもちろんのこと、作詞家、作曲家、歌手たちが書き残した一時史料を駆使し、各局が生まれた背景を描いた一冊。しっかり読み込んでみれば、聴き慣れた昭和歌謡がこれまでとは違って聞こえるようになるかもしれません。 >>Kindle unlimited、2万冊以上が楽しめる読み放題を体験! Source: 中公新書
印南敦史