「野球やるべ」津波に遭った岩手・大槌高校でただ1人の野球部員、同級生に支えられ最後の大会で全力プレー
今年も夏の甲子園では高校球児の熱戦が繰り広げられた。ここに立てるのは、全国約3800校の中で都道府県大会を勝ち抜いた49チームだけだ。そんな中、各地には「聖地」を夢見ながら単独ではチームを組めない部員不足の学校が400近くある。東日本大震災の津波で大きな被害に遭った岩手県大槌町の県立大槌高もその一つで、部員は3年生たった1人。でも学校の仲間に支えられて野球をあきらめず、県大会の舞台で思い切りバットを振ることができた。「プレーで感謝を伝えたい」。ある球児の最後の夏を追った。(共同通信=阿部幸康) ▽助っ人たちと笑顔の練習 岩手県沿岸部の大槌町は人口1万人超。震災では旧庁舎が津波に襲われて職員ら40人が犠牲になるなど、町の死者・行方不明者は計約1300人に上った。インフラの復旧は進んだものの、震災前からの人口減少率は3割を超えている。 大槌高は町中心部から少し離れた小高い丘にある、町唯一の高校だ。全校生徒は4月時点で177人。震災後の町づくり活動に携わる「復興研究会」に多くの生徒が所属するなど、地域に根ざしている。
「おつかれーっす」。5月下旬の放課後、校舎脇のグラウンドにジャージー姿の生徒が10人ほど集まり、倉庫からボールやバットを出し始めた。彼らは野球部員ではなく「助っ人」で、部活はバスケットボールやバドミントン、弓道とばらばらだ。やがて1人だけユニホームを着た野球部員の田口大輝さん(18)が来て、大きな声で「お願いします」とグラウンドに一礼した。 田口さんがウオーミングアップをする間、助っ人たちはキャッチボールで体を温める。ほとんどは野球未経験で、通りがかった女子生徒が飛び入りで参加するなど和やかな雰囲気だ。 円陣を組むこともなく打撃練習が始まった。田口さんは右打席に立ち、顧問の菊池竜太教諭(52)が投げるボールに「カキーン」と金属バットの快音を響かせる。 「たぐちー。ここまで飛ばせー」。助っ人はボールが当たらないよう外野フェンス近くまで下がり、球を返す。エラーをしても田口さんは怒ることなく「へいへい、しっかりー」と笑顔を絶やさない。