【独自特集】妻は臨月、息子は2歳「早く帰ってやりたい」 戦後のイラク復興支援の最中、凶弾に倒れた外交官 命を懸けて取り組んだ平和実現への願いとその軌跡
任期は切れ、これが最後のミッションだった…臨月の妻と悲しみの再会
しかし、戦後復興は思うようには進みませんでした。フセイン政権が崩壊したイラクでは、政権の残党に加え、イスラム原理主義を掲げるテロリストも台頭し、治安が徐々に悪化したのです。2003年8月にはバグダッドの国連本部ビルが爆破され、24人が犠牲になりました。こうした中、井ノ上書記官らは大きな決断をすることになります。 NGO「ピースウィンズ・ジャパン」大西健丞代表 「彼(井ノ上氏)はもう任期切れだったんですね。本来であれば日本に帰れた時だったのですが、イラク北部でクルド人のリーダーシップを取っていたジャラール・タラバニ氏と会うというミッションがありまして、タラバニさんは後にイラクの大統領になったのですけれども、会談できるように調整するというのが最後のミッションでした。北部地域の危ないところを通過することになるんですけれども…反外国人・反アメリカという地域だったので非常に要注意の場所でした」
2003年11月29日、井ノ上書記官らは、バグダッドを北上し、タラバニ氏のいるティクリートに向かいました。しかしティクリートまで残り30キロの地点で、後ろから来た車に横付けされ、自動小銃で30発以上の銃弾が撃たれました。
銃弾は左側の防弾ガラスを貫通していました。助手席に乗っていた井ノ上書記官とイラク人運転手は即死。後部座席の奥参事官には息があり、病院に搬送されましたが、もはや手の施しようはありませんでした。犯人は今も分かっていません。
訃報を受け、遺族は身元の確認と引き取りのため遺体が安置されているクウェートのアメリカ軍基地に赴きました。井ノ上書記官の長男は当時2歳。妻は妊娠中で、いつ生まれてもおかしくない臨月を迎えていました。夫との悲しみの対面から数週間後、妻は女の子を出産しました。 NGO「ピースウィンズ・ジャパン」大西健丞代表 「井ノ上さんとも話したんですけれど、妻が妊娠中で、できるだけ早く帰ってやりたい、とは言っていました」