【連載 泣き笑いどすこい劇場】第26回「悔しさ」その3
負けてもただで引き下がるような力士は幕内まで上がれっこない
思うようにいかなかったとき、ライバルに競り負けたとき、込み上げてくるのが悔しさです。 自分を責め、相手を恨んで唇をかみしめ、歯ぎしりし、ワナワナと身を震わせたことはありませんか。 こんな姿、決して他人には見られたくありませんが、これこそがさらなる高みに押し上げる秘薬。 人の上に立つ者、番付が上位の者ほど、真の悔しさを味わった人間、と言ってもいいでしょう。 そんな悔しさにまみれた力士たちのエピソードです。 ※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。 私の“奇跡の一枚” 連載14 木村正直の名裁き どうせなら…… 後悔、先に立たず。平成22(2010)年夏場所初日、西前頭8枚目の豊響(現山科親方)対東前頭9枚目の土佐豊(現時津風親方)戦は、右四つから土佐豊の上手投げ、豊響の下手投げの打ち合いになり、両者、頭から激しく落ちた。行司の軍配は土佐豊に上がり、物言いがついたが、豊響のマゲの先っぽが土俵に着くのがわずかに早く、軍配どおり土佐豊の勝ちに。顔の右側にすり傷を負った土佐豊は、 「すりむいたといっても、自分は大騒ぎするほどの顔でもありませんから。頭から落ちた拍子に髪の毛も100本ぐらい抜けましたけど、久しぶりに初日に勝ったのでうれしい」 と大喜びしていたが、翌日の阿覧戦にも負けて2連敗スタートとなった豊響の悔しがりようはすごかった。阿覧に寄り倒され、憮然とした表情で引き揚げてくると、 「場所前、マゲの先を2センチほど切ったんだ。もっと切っていたら、今ごろ1勝1敗だったのに」 と唇をかんでみせた。負けてもただで引き下がるような力士は幕内まで上がれっこないからだ。この場所、豊響は後半、よく盛り返して8勝7敗と勝ち越したが、いまでも心の中では、 「あの場所、もっとマゲを切っていたら9勝6敗だったな」 と思っているに違いない。 月刊『相撲』平成24年12月号掲載
相撲編集部