『虎に翼』の寅子と多岐川にある、「逃げた」過去以外の「大きな共通点」
6月13日(木)第54回:寅子が抱える無意識の傲慢さ
玄関に並ぶ「多岐川」「汐見」の2つの表札。お互いの家に勘当されても貫いた、汐見圭(平埜生成)と崔香淑(ハ・ヨンス)の結婚。今回も「別々の2つが地続きに混ざり1つになる」というモチーフが通奏低音のように流れている。 香淑と思わぬ形で再会した寅子だったが、彼女の様子はよそよそしい。汐見と結婚した彼女は、国も家族も名前も捨て「汐見香子」として生きる覚悟を決めたのだ。そんな彼女から「崔香淑のことは忘れて。私のことは誰にも話さないで」と伝言された寅子は、「私にできることはないんでしょうか?」と問いかける。 「どうするか決める権利はすべて香子ちゃんにある」と言う多岐川に、「助けてほしくてもそう言えない人もいるんじゃないでしょうか?」と食い下がるが、逆に「この国に染みついている香子ちゃんへの偏見を正す力が佐田くんにあるのか?」「助けてほしいかどうかわからん人間に使う時間は君にはない」と喝破されてしまう。 寅子の正論には、「学生時代、あんなに仲の良かった私にはSOSを出してくれるはず」という驕りや、「彼女の分まで法曹の道を切り開くと決めた約束を果たせていない」という一方的な自分の負い目が見え隠れする。 また、亡き花岡の妻・奈津子(古畑奈和)に対しても、「花岡さんが苦しんでいることに気づけませんでした」「気づいていたら何か変わったかもしれないのに」と謝罪する寅子だったが、その正義感の裏には、誰よりもそばで苦しんできた妻の前で「私だったら彼を救えたかもしれない」と言ってしまうにも等しい無神経さがある。 案の定、奈津子からは「家族が何を言ってもダメだったの。もし周りが説得して折れていたら、私やいちゃうわ」と、やんわり牽制されてしまう。 穂高教授のパターナリズムには「はて?」と怒りと疑問を抱くことのできた寅子だが、自分の力を無邪気に信じる傲慢さと、無意識の上から目線に気づくのは難しい、ということなのだろう。 そんな寅子に、「正論は見栄や詭弁が混じっていてはダメだ。純度が高ければ高いほど威力を発揮する」と忠告する桂場の慧眼も、ただものではない。 裁判官、とりわけ単純に白黒つけられない問題を調整することが求められる家庭裁判所の裁判官に必要なのは、「自分が手を差し伸べてあげる」というパターナリズムではなく、両者の言い分に対等に耳を傾け、同じ目線で話をする「純度の高さ」なのだ、ということを暗に示していたような気がする。