名将から愚将に転落! 「日本一」「リーグ優勝」監督が陥った“再任の罠”
「監督業は苦しいのよ」
そして、翌2005年も、新井が主砲覚醒したものの、投打がかみ合わず、9月13日の時点で首位・阪神に24.5ゲーム差の最下位。この日、山本監督も球団側に辞任を申し出たことが明らかになった。 主力の流出や故障もあったが、就任時から投手を中心とした守りの野球を目指しながら、目先の勝利のための打ち勝つ野球が多くなり、投手力の底上げや戦力の拡充等、チーム再建のための明確なビジョンが見えてこなかったことも、低迷の大きな要因となった。 監督が替わっても、広島は2012年まで15年連続Bクラスという長い冬が続いた。後年、山本氏は自らの体験を踏まえて「監督業は苦しいのよ」と語っている。 このほか、1974年にロッテを日本一に導いた金田正一監督も、1990年の再任後は、5位、6位と振るわず、契約を1年残しながら、翌年の千葉移転を「潮時と感じた」と、シーズン終了報告の席で辞任を発表している。 久保田龍雄(くぼた・たつお) 1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。 デイリー新潮編集部
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