古川琴音が“カギ”となる『海のはじまり』 複雑な時間軸を成立させる“確かな演技力”
“現在”のパートで水季(古川琴音)の存在を感じられる理由
生前の水季は自由奔放でエネルギッシュで掴みどころがない。が、これは海が生まれる前の頃の話。まだ夏と付き合っていた頃の話だ。海が生まれてシングルマザーとなってからは、自由奔放さもエネルギッシュさも失われ、ある意味とても分かりやすい人物となっている。どこか浮世離れしたところのある若者から、厳しい社会を生きる生活者へ。この変化は明確だが、差異の表現が難しいところだろう。さじ加減を誤ると、とたんに水季というキャラクターの生のリアリティは失われてしまうのだ。けれども古川は異なる環境や状況ごとにキャラクターを立ち上げながら、南雲水季として見事に統合してみせている。 本作はテレビドラマだということもあり、撮影スケジュールは“現在”と“過去”を行ったり来たりしているはず。古川は水季のキャラクターを事前にどのように設計していたのだろうか。人物を取り巻く環境や状況が変われば、その内面で動く感情も自然と変わってくるものだ。これを古川は撮影の中で、いったいどのようにコントロールしているのだろうか。緻密な計算があってこそのものなのかもしれない。たとえもし彼女の演技に計算があってもなくても、演じ手としてのセンスが突き抜けていることは明らかだ。 古川が“過去”のパートで南雲水季の生のリアリティを体現しているからこそ、“現在”のパートにその姿がなくとも、劇中の登場人物たちと同様に私たちは彼女の存在を感じることができているのではないだろうか。 2024年は古川琴音の年であるーーと記したのは、『海のはじまり』における功績に対してだけではもちろんない。主演映画『みなに幸あれ』の公開にはじまり、ヒロインを務めた『言えない秘密』や『Cloud クラウド』といった作品の公開が続く。しかし、これらに関して述べるのはまた次の機会に譲りたい。
折田侑駿