地域の経済を盛り上げる、札幌の「ネクストリーディング企業」訪問記
釣具から「タレ」まで多角展開するアイビック食品
アイビック食品は、創業102年目を迎える釣具アウトドアの総合卸売業アイビックから2002年に独立した食品製造会社だ。だしやタレ、調味料などのOEMおよび自社製品の製造が本業だが、近年では外食産業にも積極的かつ多角的に事業展開をしている。同社の専務取締役で案内役を務めてくれた木村知子氏が「取材時間はいつまでですか?(事業については)私、ずっと喋っていられちゃうので……」と笑うのも頷ける。 最初に案内された広いスペースでまず目についたのは、大きなセントラルキッチンだ。壁には開発した商品がディスプレイされ、会議のできるスペースはもちろん、撮影用のスタジオも併設されている。白を基調としたクリーンで無機質な内装は、どことなく宇宙船を彷彿とさせるものがある。 「ここが2021年にオープンした『GOKAN~北海道みらいキッチン~』です。名称は食を味わう五感(味覚、視覚、嗅覚、聴覚、触覚)にちなみました」 きっかけはコロナ禍だった。アイビック食品の顧客は飲食関係がほとんどで、コロナ禍では大きな影響を受けた。そこで同社では後方支援策として、アイビック食品の顧客であれば、いつでも無料で使用できる施設「GOKAN~北海道みらいキッチン~」をオープンしたのである。この施設にある豊富な設備を自由に使って、テイクアウト商品の開発やECサイトでの販売に役立ててもらいたい、という狙いがあった。 「業界では恐らく前例のない取り組みでしたが、これまでに5000人の利用や見学があり、弊社工場の製造受注もアップしました。ほぼ毎日、使っていただいてます」 通常のミーティングやセントラルキッチンでの試作や試食会、写真や動画の撮影やライブ配信、さらにはVRやアロマシューター(香り発生装置)を使ったマーケティングリサーチなど、まさに、五感を駆使した”食のDX拠点”として活用されている。 いわば北海道の食に関わる企業や人をつなぐHUBの役割を果たしているのだ。 こうした多角的な事業を支えるのが、本業であるOEMによる「タレ」の製造である。同社のモットーは”どんなタレでもつくります”。その言葉通り、顧客の依頼を受けてさまざまな味を創り上げている。 簡単そうに聞こえるかもしれないが、実はこれは容易なことではない。というのも、こうしたOEM製品を作るにあたって、委託元からは必ずしもレシピを教えてもらえるわけではないという。 「どちらかといえば教えてもらえないことが多いですね。レシピはやっぱり一番の企業秘密ですから」 ◾️「ゴッド・タン」チーム 残された手段はひとつ。オリジナルを試食して、自分たちの手で再現するしかない。そこで「ゴッド・タン(神の舌)」の異名をとる同社の商品開発部の出番となる。 元料理人や調理師といった食のプロフェッショナルで構成された「ゴッドタン」チームのメンバーは、スプーン一杯分のオリジナルの試食から、その味を構成する調味料や食材を推理し、何がどのくらい使われているのか、試作を重ねて、秘密の配合の「謎」を解き明かしていく。 ただ再現すればいいのではない。極端に言えば、店で出しているものを、そのままレトルトにしたとしても、店と同じ味にはならないからだ。レトルト食品として調理したときに「店の味と同じだ」と感じてもらうためにはさらなる味の”微調整”が不可欠となる。 「委託元のお客さまから『よくここまでウチの味を再現できたね』と驚かれることも多いです」と話す。 同社の1Fにある「ゴッド・タン」チームの拠点をのぞくと、白衣を着たメンバーたちがビーカーを振り、計測機械を操作している。まるで実験室のような光景だ。 微細な味の違いを感知するために、チームには月1回の「5味識別トレーニング」が課されている。これは、小さな紙コップ1杯分の水に1滴分の「甘み、塩味、苦み、酸味、旨味」を入れて、その違いを舌で識別するというものだ。 チームを束ねる宮澤和子・商品開発部長はトレーニングの意味をこう語る。 「自分は苦みに敏感なんだなとか、酸味を感じにくいんだなといった味覚のクセを把握しておくことで、より正確に味の構成要素を再現することができるようになるんです」 その宮澤部長に「今までで、一番再現するのが難しかったタレは何ですか?」と尋ねたところ、「どれも全力でつくらせていただいているので(一番というのはありません)」と微笑んだ。”どんなタレでもつくります”その看板に偽りなし、である。