憧れは井上尚弥、スタイルはマイク・タイソン--プロデビューを果たした田中空が描く"小さなファイター"としての理想像
【井上尚弥の姿勢とタイソンの倒すスタイル】 同じように倒すことにこだわりを持つ井上から学ぶべき点は多い。たとえ拳を痛めていてもKO勝利を収め、周囲の期待に応える姿には感銘を受けた。いまもジム内で練習する姿を見れば、思わず見入ってしまう。 「すべての形がきれい。もはや、芸術の域です。インパクトを効かせたパンチを打っていると思います。体重が乗っているんです。だから、軽く見えるパンチでも効くのかなと。個人的にはスピード、"当て勘"も吸収したいところ。自分はまだ相手のパンチをもらってしまうので、尚弥さんのようにもらわないで当てるようにしたいです」 もっとも、基本的なボクシングスタイルは、井上と異なる。田中は接近戦の打ち合いで持ち味を発揮する生粋のファイター。父、祖父、祖父の叔父も元プロボクサーという拳闘一家に生まれ、物心つく前の3歳半の頃に「自分もやってみたい」と小さな手にグローブをつけ、父親から手ほどきを受けた。幼少期はフットワークを使ったアウトボクシングを教え込まれたが、がっちり体型の田中は背丈のある選手には思うように勝てなかったという。 転機は小学校1年生のときだ。父親から元世界ヘビー級王者マイク・タイソン(アメリカ)の映像を見せられ、「小さい体でも大きな選手をぶっ倒すスタイルもあるんだぞ」と教えられたのだ。すると、幼いながらに獰猛(どうもう)なファイターにすっかり夢中になった。自分よりも身長10cm、20cm大きなヘビー級の選手たちをバタバタと倒していく試合は、どれも衝撃的だった。プロデビュー戦からたどっていくと、19連続KO勝利。そのほとんどが1ラウンドで相手をキャンパスに沈めていた。最も印象に残っているのは、世界初挑戦となったトレバー・バービック戦(1986年11月22日)だ。 「あんなにパンチを効かせてしまうんだって。最後はショートの左フック一発で、相手は起き上がろうとしてもフラフラで足がもつれていましたよね。しかも、試合後の立ち振る舞もよかった。初めての世界タイトル獲得なのに、そこまで派手に喜ばなくて、平然と受け答えしているのもかっこよくて」 7歳でタイソンの映像を見て以来、目指すべきスタイルが明確になった。 「あのときからいまに至るまで、僕の教科書です。中学生、高校生、大学生、そしてプロになったいまもマイク・タイソンの映像はよく見ています。スマートフォンでもすぐにチェックできるようにしているんです」 いまから16年前、田中のボクシング人生を変える映像を見せた元プロボクサーでもある父親の強士さんは、懐かしそうに振り返る。 「身長の低かった(158cm)私自身も、ボクシングのベースはタイソンとリカルド・ロペス(軽量級の名王者)をミックスしたものだったんです。カウンターの打ち方はメキシコのロペス、接近戦はタイソンを参考にしていました。体は小さくてもパンチのあるほうで、息子の空も同じようなタイプ。タイソンは小さい体で大きな選手に勝つための良いお手本になると思いました」 父も参考にした史上最強と言われる教材で息子も学ばせたのだ。小さなファイターの挑戦は、ここから始まった。 後編に続く 【Profile】田中 空(たなか・そら)/2001年6月1日生まれ、神奈川県出身。身長165cm。父、祖父が元ボクサーという拳闘一家に生まれ育ち、幼少期からボクシングを始める。父・強士さんの指導を受け、武相高校時代から全国選抜大会、アジアユース選手権優勝など国際大会でも活躍。東洋大学でも全日本選手権優勝などの実績を残した。大橋ジム所属。2024年6月25日に1回TKOでプロデビューを果たし、日本初の世界ウェルター級王者を目指している。次戦は10月17日(木)、後楽園ホールにて「Lemino BOXING PHOENIX BATLLE 123」8回戦vs.チヤン・サーラー(タイ/14戦11勝・7KO3敗/OPBF東洋ウェルター級13位)。
杉園昌之●取材・文 text by Sugizono Masayuki