最古の“空飛ぶ”哺乳類化石発見、恐竜時代に始まった哺乳類の「多様性」
先に紹介したマイオパタジウムと似たような飛行性用の皮膚膜の跡がよく分かる。両方の化石標本において、こうした跡はより鮮明に保存されているようだ。
何度も起きた哺乳類の飛行性?
ここで一つ改めて断っておきたい重要な点がある。このジュラ紀の哺乳類は、モモンガやムササビの「直接の祖先ではない」ということだ。歯 ── 哺乳類の種の判定や分類学上、鍵となる最も重要な化石骨格の部位 ── の形態などによると、先述したように、かなり初期の絶滅した哺乳類の一グループに分類されている。 この事実は、モモンガやムササビとジュラ紀の飛行性哺乳類との間における、飛行膜に「直接進化上のつながりはない」という仮説を示している。 哺乳類の進化(系統樹)において、飛行性は何度も、それぞれの枝において起こったと考えた方が、つじつまが合う。それぞれが独自にこの能力を獲得してきたわけだ。仮説としてジュラ紀に飛行性(を可能にした解剖学上の形態の変化)が「一度きり起きた」というアイデアも、成り立つだろう。しかし、先に紹介した四つの飛行性を持つグループの近縁種のほとんどは、飛ぶことは出来ない。ニホンザルも公園のリスも、今のところ空へ目を向ける兆候はみせていない。 飛行性とはあえてことわるまでもなく、脊椎動物の進化上、かなり特殊な一大事件だということが分かる。そして私の個人的に非常に気になる問いかけは、「飛行性など他の多数の種にとって、あえてする必要などなかった」のか? それとも鳥と異なり、(コウモリを除く)哺乳類は一般に「体の構造上、飛行を可能にするデザインが手に入りにくい」のではないのだろうか? (四脚の大きな体躯をもつゾウやカバ、頭の大きくなりすぎたヒトを含む霊長類の種が、将来、空を自由に羽ばたくイメージが私にはどうしてもわいてこない。)
時空を超えた哺乳類飛行の起源
化石に見られる皮膚膜の大きさや形態などからすると、この二つのジュラ紀の哺乳類は、かなり高い確率で飛行性を備えていたと考えて間違いないだろう。それでは哺乳類の飛行起源とは、どのようにしてはじまったのだろうか? いちばん最初に ── それこそイギリスのライト兄弟のように ── 大空へはばたいたその「歴史的な瞬間」というものがあったはずだ。それははたして、どのようにして起こったのだろうか? マイオパタジウムの飛行の起源を探る際、鍵となりそうな重要な点が一つある。「太古の生態」だ。具体的にどの様な環境でこの動物は暮らしていたか分かれば、その飛行性の謎に関するヒントのようなものが手に入るかもしれない。 今回の研究論文では、骨格における他の「解剖学上の特徴」に目をつけた。まず手と足両方のかぎ爪はどれもかなり長い。こうした特徴は(ムササビやモモンガを含む)樹上生活に適した哺乳類に共通してよく見られるそうだ。 前脚と後脚の各々の骨の長さの割合も、樹上生活に適した現生哺乳類のものと数値的にかなり近いそうだ。 森林に生存していたのは他の証拠(例えば同じ地層から見つかるこの化石やその他の動物化石群)から見ても、間違いないようだ。そして一連の解剖学的特徴は、かなり高い木にも登れた可能性を示している。 どうしてそんな高い木の枝の上で生活する必要があったのだろうか? もしかすると捕食者に追われていたのかもしれない。もしかすると他の種との競争を避けることが出来たのかもしれない。(しかし、その当時、獰猛で飛行性を備え、同時に樹上生活に適していたと考えられる肉食恐竜「ミクロラプトル(Microraptor)」も存在していた。) そして今回の研究は、ここ20年くらいの間に、飛躍的に増えてきている中生代の哺乳類化石記録の流れをくむものとして重要だ。どうも恐竜時代の哺乳類は、君臨する恐竜の影に隠れて、細々と進化の行程を歩んでいたわけではない。特に白亜紀に入るとすぐその「多様性」という切り札を使いはじめたようだ。まず生物は時に後先考えず、いいカードは真っ先に使うという戦略でもあるように。 例えば今回の飛行性を持つものも、何種類かすでにいた。恐竜を襲い食べていた大型肉食哺乳類の化石も知られている(Hu等2005:Repenomamus)。あるものはカワウソのように泳ぐことも達者だったようだ。こうした新たな中生代の哺乳類のイメージは、書き出すと長くなるので、また機を見ていくつか取り上げていきたい。(大まかな概要は先に紹介したDr. Luoの2007年の論文を参照して頂きたい。) ーHu, Y., J. Meng, et al. (2005). "Large Mesozoic mammals fed on young dinosaurs." Nature 433(7022): 149-152. - Luo, Z.-X. (2007). "Transformation and diversification in early mammal evolution." Nature 450(7172): 1011-1019. さて今年の夏のカウントダウンがもうすぐはじまろうとしているようだ。この残された期間に、思い切ってスカイ・ダイヴィングなどに興じられてはいかがだろうか? 約1億年5千年前のジュラ紀の哺乳類が、すでに成し遂げた進化上の功績。この第四期の完新世に生を謳歌する我々(の種)に、出来ないことはないだろう。お盆明けで少し目方が増え、運動不足気味の方には、はばたき飛行もあわせてお勧めします。