商人は華やかだが、つらい仕事 明治期の彩色写真に記録された呉服屋の実態
今では少なくなってしまった呉服屋ですが、その商いの様子は時代劇や小説の中でよく描写されています。この彩色写真は明治期に撮影されたものです。まだこの頃は着物を着ている人が多く、呉服屋も繁盛していたのでしょう。 この写真からは当時の呉服屋の店内の様子がよくわかります。また、商家は今で言うお店なのですが、いろいろな面でだいぶシステムが違っていたそうです。江戸~明治期の商家のシステムやそこで働く人々やその働き方について大阪学院大学経済学部教授 森田健司さんが解説します。
明治期の呉服屋
明治期の手彩色写真には、今を生きる我々の目から見ても驚くほど麗しいものが多い。その中でも、小川一真(かずまさ・1860~1929年)によって撮影された写真に色を付けたものは、どれも出色の出来である。彼は1882(明治15)年に渡米し、ボストンで写真術を学び、帰国後に写真館を開いたという経歴を持つ。当時の写真先進国で技術を身に付けたわけだが、彼の写真にはどれも、どこか日本的というべき美的センスが滲んでいる。 冒頭に掲載した呉服屋の写真も、小川によって撮影されたものである。個人的には、この時期の彼による作品の中でも、傑出した一枚だと考えている。 美しい反物の数々が吊るされた前に、男性の店員二人と女性の店員一人。そして、前に腰掛けるのは、いかにも良家の女性と思われる客である。この背景と人物配置の見事さに、息を飲む。そして、鑑賞に耐えうる芸術性を持つ写真であると同時に、これは当時の呉服屋を知る上で貴重な史料ともなっている。 向かって右側の女性は、いわゆる女中と呼ばれる従業員である。そして、その横に写る、膝に反物を置いた若い男性は、おそらく手代(てだい)だろう。この二人は、間違いなく店に住み込んで働いている。一番右で算盤を弾いている男性は、番頭(ばんとう)と思われる。彼は、自分の家を持って通勤していた可能性が高い。 現代において、職場に住み込んで働くという形式は、一部業種を除くと珍しいものとなった。しかし、江戸~明治期、いや業種によっては昭和初期まで、店に住み込んで働く従業員というのは、ごく普通に見られるものだった。