「悪魔ちゃん」命名騒動から31年 “キラキラネーム”は2025年施行「改正戸籍法」で規制される?
法律は親の「性善説」を採用しているが...
キラキラネームが法律によって規制されるようになることは、「子の利益」に対する配慮から、これまで認められてきた「親の権限」に制限がかけられる事態だといえる。 この事態について、弁護士はどう考えるか。行政法にも詳しい杉山大介弁護士は以下のように語る。 「子の名前に関わるものに限らず、親の権限に関して法律では“親は子どもを大事にするはずだ”、“親なら責任をもって子どもの利益を考慮するはずだ”などの「性善説」で考えられてきました。 そのため、子どもの契約などに関する代理権なども、原則として親には広く認められています。 しかし、現実には、「性善説」が通用しないように感じられる事件がしばしば起きています。 それらの事件はごく一部の例外であるとしても、「子どもの一生に関わるような不利益はひとつでも起きてはならない」という考えを採用して規制を行うことには仕方がない面もあります」(杉山弁護士)
「自由の制約」には警戒が必要
しかし、仕方がない面があるとしても、これまで認められてきた権限や自由に制約をかけることには慎重になるべきだ、と杉山弁護士は語る。 「悪魔ちゃん事件で家裁が示した規範は、例外的に制限するというものでした。 一方で、今回の改正で戸籍法には「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているものでなければならない」という条文が加えられます。つまり、例外ではなく原則として「変わった読み方の名前は認められない」ということになるのです。 この改正は、命名権を非常に強く管理するものであると感じます。 氏名の命名権については、管理されても、そこまで実害はないかもしれません。それでも、「自由が制約された」ことは確かです。 そもそも、法律による規制とは、いずれも国民の自由を制約するものです。だからこそ、その制約にどこまでの必要性があるのか、問題を対処するために必要な範囲の制限であるのか、常にチェックしておく必要があります。 そうしないと、命名権の自由などにとどまらず、もっと重要な自由がいつの間にか制限されてしまう事態になりかねないためです。 キラキラネームの問題、あるいは最近では政治家のパーティー開催自体の是非など、「なんとなく」の雰囲気で制限が叫ばれることは多々あります。しかし、自由民主主義の主権者である国民は、自由の制約を安易に肯定すべきではないでしょう。」(杉山弁護士)
弁護士JP編集部