「口づけで10億個の細菌が移動する」 “体を張った実験”で明らかになった、風邪の「予想外な感染ルート」の真実
わざと風邪を引かせ――「人間を使った実験」
イギリスは何年ものあいだ、ウィルトシャーで“普通感冒ユニット”と呼ばれる研究施設を運営していたが、1989年、治療法が見つからないまま施設は閉鎖された。 とはいえ、そこではいくつか興味深い実験が行なわれた。そのひとつでは、ひとりの有志が鼻孔に、鼻水が出るのと同じ速度で薄い液体が漏れる装置を取りつけられた。次に被験者は、カクテルパーティーに参加しているつもりで他の有志たちと交流した。誰にも知らされていなかったが、液体には紫外線のもとでしか見えない染料が混ぜてあった。 しばらくの歓談のあと、紫外線のスイッチを入れると、参加者たちはその染料が至るところで見つかることに愕然(がくぜん)とした。参加者全員の両手と頭と上半身、グラス、ドアノブ、ソファーのクッション、ナッツのボウル、何もかもだ。平均的な成人は1時間に16回自分の顔に触れるので、1回触れるごとに病原体を模した液体が、鼻からスナックのボウル、何も知らない第三者、ドアノブ、さらには何も知らない第四者などへ次々と移っていき、ついにはほとんどすべての人やものが、偽の鼻水のキラキラした輝きを帯びるようになった。 アリゾナ大学での同様の研究では、オフィスビルの金属のドアノブを“感染”させたところ、たった4時間ほどで、“ウイルス”がビル全体に広がり、社員の半数以上を感染させ、コピー機やコーヒーメーカーなどほぼすべての共有機器にも現われたことがわかった。
風邪をうつすのに“確実な方法”
現実世界では、そういう蔓延(まんえん)が最大3日続くこともある。意外にも、病原体を広げる効果が最も低いのは(また別の研究によると)口づけだという。首尾よく風邪ウイルスに感染していたウィスコンシン大学の有志たちのあいだでは、口づけにはほぼまったく効果がないことが証明された。くしゃみや咳(せき)も、大したことはない。風邪ウイルスをうつす唯一の本当に確実な方法は、手で体に触れることだ。 ボストンの地下鉄の調査によると、金属製のポールは微生物にとってかなり不利な環境だという。微生物が繁栄しているのは、座席に張られた生地の中と、プラスチックの吊り輪の表面だ。どうやら病原体をうつすのに最も効果的な方法は、紙幣と鼻汁の組み合わせらしい。 スイスの研究では、インフルエンザウイルスは、小さな鼻くその粒といっしょにいられれば、紙幣の上で2週間半も生き延びられることがわかった。鼻くそなしでも、ほとんどの風邪ウイルスは紙幣の上で2~3時間は生き延びられる。