航空機の死亡事故を激減させた「ミスを処罰しない」業界ルール
航空業界が多くの事故を未然に防げている理由は、どこにあるのだろうか。マシュー・サイド氏は「ミスを処罰しない業界ルール」が要因になっていると語る。航空業界と医療業界を比較しながら論考する。 ※本稿は、マシュー・サイド(著)、有枝春(翻訳)『失敗の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。
なぜ、航空業界は奇跡的に安全なのか?
航空業界のアプローチは傑出している。航空機にはすべて、ほぼ破砕不可能な「ブラックボックス」がふたつ装備されている。 ひとつは飛行データ(機体の動作に関するデータ)を記録し、もうひとつはコックピット内の音声を録音するものだ。事故があれば、このブラックボックスが回収され、データ分析によって原因が究明される。そして、二度と同じ失敗が起こらないよう速やかに対策がとられる。 この仕組みによって、航空業界はいまや圧倒的な安全記録を達成している。しかし、1912年当時には、米陸軍パイロットの14人に8人が事故で命を落としていた。2人に1人以上の割合だ。 米陸軍航空学校でも、創立当初の死亡率は約25%に及んでいた。当時は、これが特別な状態ではなかったようだ。航空産業の黎明期には、巨大な鉄の塊が高速で空を飛ぶということ自体、本質的に危険なことだった。 今日、状況は大きく改善されている。国際航空運送協会(IATA)によれば、2013年には、3640万機の民間機が30億人の乗客を乗せて世界中の空を飛んだが、そのうち亡くなったのは210人のみだ。 欧米で製造されたジェット機については、事故率はフライト100万回につき0.41回。単純換算すると約240万フライトに1回の割合となる。 2014年には事故による死亡者数が641人に増えたが、これはマレーシア航空370便の墜落事故で239人の乗客全員が亡くなったことが大きい(ただしこの事故の原因については、人為的なものという見方が強い。本書の執筆時点でブラックボックスはまだ発見されていない)。 しかしこの事故を含めても、2014年のジェット旅客機の事故率は、100万フライトに0.23回という歴史的に低い率にとどまっている。失敗から学ぶプロセスを最も重視していると言われるIATA加盟の航空会社に絞れば、830万フライトに1回だ。 航空業界においては、新たな課題が毎週のように生じるため、不測の事態はいつでも起こり得るという認識がある。だからこそ彼らは過去の失敗から学ぶ努力を絶やさない。