海外のひとり旅が大冒険だった、20歳のあの頃 宇賀なつみがつづる旅
【連載】宇賀なつみ わたしには旅をさせよ
フリーアナウンサーの宇賀なつみさんは、じつは旅が大好き。見知らぬ街に身を置いて、移ろう心をありのままにつづる連載「わたしには旅をさせよ」をお届けします。20歳のときに初めての海外ひとり旅をしたロサンゼルスへの旅で、時間の流れを感じました。
「若さの価値 ロサンゼルス」
少し砂っぽくて乾いた風に、心が躍った。 もう、18年も経ってしまった。 初めての海外ひとり旅は、20歳だった私にとって大冒険だった。 懐かしい、といっていいのだろうか。 たったひと月しか滞在しなかったけれど、 乾燥した空気と強い日差しを、体は覚えているようだった。 久しぶりにロサンゼルスにやってきた。 タクシー乗り場が見当たらず、ウロウロしていると、 見知らぬ女性が「このバスで移動するのよ!」と、教えてくれた。 少し離れたところに、タクシーやUberに乗るためのレーンがあり、 次々と車が入ってきて、乗客と大きな荷物を拾って、外に流れていく。 なかなか来ないタクシーを待つことなんて、もうないのだろう。 整備されて、ずいぶん快適になっていた。 海沿いのホテルにチェックインをして、急いでビーチに向かった。 空がオレンジ色に染まり始めている。 あの頃、サンセットを見るために通った場所に戻ってこられた。 レンタサイクル屋を見つけて中に入ると、 「本当は18時までだけど、18時半までいいよ!」と、 陽気な男性がウインクをしてくれた。 店の奥から出てきたのは、立派な電動自転車。 ここでも、時代が変わったのを感じた。 太平洋に沈んでいく夕日を横目に、風を切って走った。 自分で漕(こ)がなくていいのは楽だけど、 気を抜くとついスピードが出てしまう。 行き交う人たちの間を抜けて、ベニスビーチまで走った。 若い頃はもっと遠くまで、自分の力だけで漕いで行ったのに…。 電気の力を借りたのに、どっと疲れてしまった。 「まだまだ若いでしょう!」なんて、怒られてしまうだろうか。 早めに眠った翌朝には、ホテルのすぐ近くにある、 有名なオーガニックカフェに行った。 18年ぶりに飲むカフェラテは、やっぱりちゃんとおいしくて、 チキンと野菜のスープは、優しくて味わい深くて、 絶賛時差ボケ中の体に、ゆっくりと染み渡っていった。 すっかり心が温まった帰り道、 通り沿いの売店から、男が猛スピードで走って逃げていくのを目撃した。 その後ろを、店員が追いかけていく。 最初は理解できなかったけれど、少し時間が経って、強盗だということがわかった。 カリフォルニア州で強盗が多発しているとは聞いていたけれど、 実際に遭遇したのは初めてだった。 サンタモニカは、比較的治安が良いといわれている場所だったので、 余計に驚いてしまった。 諦めて戻ってきた店員に、道ゆく人たちが声をかけていた。 私は今、アメリカにいるんだということを思い出した瞬間だった。 950ドル未満の窃盗を軽犯罪とする州法は、 11月の大統領選挙と同時に行われた住民投票で、廃止されたらしい。 素敵な人がたくさん暮らしていると知っているからこそ、 どうか平和な場所であってほしいと願う。 その後、ポストシーズンを迎えたドジャースの試合を観に行った。 日曜日のデイゲームは大混雑。 スタジアムに近づくのに、1時間もかかってしまった。 なんとか試合開始に間に合った。 ビールとホットドッグを時々口に運びながら、 大勢のファンに混じって、声援を送った。 結局この日、大谷選手がヒットを打つことはなく、 ドジャースは負けてしまった。 すぐ隣に座っていた初老の男性は、 最初はニコニコしていたのに、だんだん機嫌が悪くなって、 8回の途中に帰ってしまった。 皆が捨てていった大量のゴミを避けながら、 ようやくスタジアムの外に出たのが17時。 また、サンセットの時間が近づいていた。 渋滞をくぐり抜けてビーチに着いたのは、 ちょうど太陽が沈むタイミングだった。 半袖短パン姿で走っている人がいれば、 ダウンを着て話し込んでいるカップルもいる。 この海をまっすぐに進むと、日本があるのだ。 どこにいても、海は世界中と繋がっているから安心する。 ふと、安心するようになったのはいつからだろうと思った。 若い頃は、海の向こうに憧れ、ワクワクする気持ちが強かった。 「まだまだ若いでしょう!」と、怒られている気がした。 若さの価値がわかるようになった今こそ、 もっと冒険しなくてはいけないのかもしれない。 誰だって、残りの人生の中で、今がいちばん若い。 来年はどこに行こうか。 まだ知らない景色がたくさん残っているなんて、幸せだなと思った。 (文・写真 宇賀なつみ / 朝日新聞デジタル「&Travel」)
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