土砂災害がたびたび起こる広島 建設された砂防ダム106基と、とどまる住民の思い
同区の八木・緑井地区には、行政関係者、ボランティア、研究者らが視察にやってくる。男性は災害後、自宅を再建してそのまま暮らしているが、決まって同じ質問をされるという。 「なぜ今も危険な場所に暮らしているのですか」 「雨が降ったら怖くないですか」 「なぜ安全な土地に移転しないのですか」 そのたびに自分が責められているように感じてきた。自宅は広島県が定める「土砂災害特別警戒区域」の内側にある。しかし、安全な土地に引っ越す選択肢はなかった。 「全壊したならともかく、再建できる状態でした。だったら、住み慣れたこの場所を離れたくない。サラリーマンとして四十数年、住宅ローンを返済してきました。そんな“自分の城”をおいそれと手放すわけにはいかないです」
人口増加で進んだ開発
広島県は日本有数の土砂災害の多発地域だ。死者・行方不明者2012人を出した1945年9月の枕崎台風以後、たびたび被害が出ている。近年はとくに「局地的短時間」という豪雨が被害を拡大させてきた。前述の2014年「平成26年8月豪雨」、2018年「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」(災害関連死42人を含む死者151人、家屋全壊1155棟)、2021年「令和3年8月豪雨」(死者3人、家屋全壊9戸)。 広島でたびたび局地的豪雨が発生するのは地理的な面が大きい。瀬戸内海からの暖かく湿った空気が中国山地の南斜面にぶつかる。すると、その空気が上昇気流を発生させ、積乱雲が途切れることなく発達し、停滞する「線状降水帯」を生む。 広島県土木建築局砂防課の森下淳課長は、「県の約7割が山林で、その48%が花崗岩類の雨に弱い土壌」とした上でこう続ける。 「高度経済成長期以降、人口増加に伴い、山の裾野を切り崩すようにして宅地開発が進みました。その結果、土砂災害の危険にさらされる箇所が拡大したのです。人間が災害に接近していったといえるかもしれません」
こうした大規模災害が発生すると一時的に人口は流出する。とくに災害がひどかった安佐南区の八木3丁目では、災害発生の前月(2014年7月)に2443人だった人口は、2016年1月には1964人と約2割も減少した。その後、被災した地域周辺では、自宅が土砂災害警戒区域に指定されると、災害の再発を恐れて転出する人もいた。自主的に転出していった人の多くが、子育て・現役世代だったという。 一方で、当地に残って暮らし続ける人も多い。行政はそうした住民を守る施策も必要になる。 2014年の災害後、広島県は同地区にとどまった住民を守るため、土石流発生の可能性がある県内のすべての渓流を点検。国土交通省と共に「砂防事業」を推し進めた。その目玉が土砂をせき止める「砂防堰堤(砂防ダム)」と、斜面をコンクリートで固める「急傾斜地崩壊対策」だった。