「故郷」のため支援コンサートの舞台に 日本のオーケストラ所属「ウクライナ人」団員にインタビュー 日本語の発音が「完璧」な意外すぎる理由とは
ウクライナではジャズも人気
さて、もう1人のウクライナ人団員は、トロンボーンのティティアイェフ・パブロさん。昨年10月に来日し、PPTには、この9月に入団したばかりだ。 「生まれはウクライナ北西部の町、ルーツィクです。父がジャズ・トロンボーン奏者だったこともあり、13歳のころから、父にトロンボーンを教わってきました。ウクライナでは、けっこうジャズも人気があるんですよ」 パブロさんは、イリーナさんとはちがい、早くから国外で生きてきた、いわゆるコスモポリタンといえそうである。 「13歳でポーランドへ行き、15歳からはドイツで正式に音楽の勉強をはじめました。アメリカやヨーロッパ各地のコンテストで入賞し、昨年10月、佐渡裕さんが芸術監督をつとめる兵庫芸術文化センター管弦楽団(通称「PAC」)に採用されました。そしてこの9月、PPTに移籍したばかりです」 実は、パブロさんもドイツ時代に、現地で働く日本人女性と婚約し、その縁で日本に来ることができたのだという。イリーナさんのように戦火を逃れてきたわけではないが、もちろん、故郷のことは心配だという。 「日本で、みんなと一緒に音楽をできることは、とても楽しいです。いまのところ母国の家族は無事ですが、いつか、落ち着いてルーツィクに帰れればと思っています」
故郷のために……
ところで、今度の「ウクライナ支援コンサート」で演奏される曲は、もちろん、大半がウクライナの曲だ。イリーナさんは、 「最初に演奏される、ルイセンコ作曲の、歌劇《タラス・ブリバ》は大好きです。ウクライナ人なら誰でも知っている曲で、わたしも何十回と演奏してきました。タンバリンを担当する予定です」 「タラス・ブリバ」(「ブーリバ」の表記もあり)とは、文豪ゴーゴリによる小説。日本では「隊長ブーリバ」の邦題のほうが有名かもしれない。ポーランド軍と戦うウクライナのコサック隊長ブーリバと、その2人の息子をめぐる戦争悲劇だ。東欧では有名な物語で、過去、ヨーロッパ各国で5回映画化されているほか、ヤナーチェクの狂詩曲や、グリエールのバレエ音楽も知られている。 パブロさんは、「わたしもルイセンコは好きですが、スコーリクの《メロディ》も大好きです」という。 おそらく今回の演奏曲目のなかで、もっとも有名な曲だろう。いや、曲名は知らなくとも、誰もがどこかで耳にしたことがある旋律のはずだ。 これは、ソ連時代の2時間余のドラマ『高き峠』(英語題“High Pass”)の劇中音楽だ(しばしば「映画」と紹介されるが、「TVドラマ」である)。第2次世界大戦で離散した家族が、戦後のソ連新時代を生き抜く物語。作曲したミロスラフ・スコーリク(1938~2020)は、ウクライナ人民芸術家・英雄の称号をもつ“偉人”でもある。 この曲は、侵攻直後の2022年3月、ゼレンスキー大統領が、米議会でオンライン演説した際、現地の悲惨な状況を伝える映像のバックに流れ、全米の涙をさそった(作曲者スコーリクは2020年に逝去しているので、今回の母国の悲劇を知らずに逝ったわけだ)。 こうしたウクライナの名曲群のほか、後半には、新しい時代への希望もこめて、ウクライナと同じスラヴ系、チェコのドヴォルザークによる交響曲第9番《新世界より》も演奏される。ほかに歌手として、やはりウクライナ現地で活躍する歌手、高谷公子さん(ソプラノ)、デニス・ビシュニャ氏(バス)も出演する。 異国の地・日本で、故郷のためのコンサートに出演するイリーナさんの、いまの思いは、いかばかりだろうか。 「侵攻後、日本でも、チャイコフスキーなどロシアの音楽を拒否する傾向がありました。わたしは、そこまでむかしのロシア音楽を拒むつもりはありません。しかし先日、ロシアのバレエの来日公演があり、PPTが伴奏することになりました。その出演者のなかに、プーチン派のひとたちがいました。そういうひとたちは、応援したくないし、かかわりたくありません。そこで、その公演は、降板させていただきました」 もちろん、今度のコンサートでは、堂々とステージに立つ。 「ぜひ、多くの方々に、ウクライナの美しい音楽を知っていただきたいです」 当日は、支援金箱が設置され、集まった支援金は、日本ウクライナ音楽協会を経て、チェルニーヒウ・フィルハーモニック管弦楽団とウクライナ・ハルキウ音楽院に寄附されるという。 富樫鉄火(とがし・てっか) 昭和の香り漂う音楽ライター。吹奏楽、クラシックなどのほか、本、舞台、映画などエンタメ全般を執筆。東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウインド・オーケストラなどの解説も手がける。 デイリー新潮編集部
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