広島を変えた「オセロの角を取る」4つの教育改革 教育をよりよいものに、在任6年間で残した爪痕
6年間の在籍期間で実現した「オセロの4つの角」
平川氏が着任したのは、折しも、新学習指導要領の実施を前に中央を中心に教育改革の機運が高まっていた頃。しかし、現場は文科省の掛け声に対して何をすればいいのかわからず、戸惑いを持っていた時期です。 「既定路線のやり方ではいつまで経っても変わらない」。そう考えた平川氏が、着任後まず行ったのが、県管轄の全県立高校・特別支援学校101校と県内全ての市町村の小中学校を訪問し、合わせて158校を視察。現場の把握から始めたのです。あまり知られていませんが、義務教育は市町村の管轄なので県は直接関与できません。しかし、教育の根幹は義務教育にあるとの思いから、小中学校も視察しました。 そこで確信したのが、学校は子どもにとって社会であり、そこで何を教えられるかで子どもたちは変わる。大切なのは、生きるとは何かという、根源的な教育だということでした。しかし、今の日本の教育は、「皆と一緒に」を教え過ぎていないかと問いかけます。 大切なのは、自らの人生を舵取りしていく主体性を育てるということです。そのような教育に変えていくためには、画一的な教育を変えていかなければなりません。改革を進めるために平川氏が押さえたオセロの4つの角が、(1)カリキュラム改革、(2)心理的安全性が担保された組織カルチャーの構築、(3)劣後の優先順位をつけて業務を行う組織風土の構築、(4)公立高校の入試改革でした。
「タイムマシンに乗り、未来像を見て、同じ絵を描く」
子どもたちにとって学校が行きたくなる場所になるには、制服を変えるとか、修学旅行を探究的な取り組みにするといった枝葉末節ではない。学校教育の一丁目一番地は、月曜から金曜日までの授業がどれだけ面白くなるかが大事。そのためのカリキュラム改革に取り組みました。 しかし、一斉授業から探究へのシフトと言っても、既存のものしか知らなければビジョンは描けません。そこで、皆で同じ絵を描くために行ったのが、国内外の先進事例の視察でした。平川氏は、これを「タイムマシーンに乗って教育の未来の姿を描く」と表現しています。 初年度に行ったのはオランダのイエナプラン教育視察でした。2018年、赴任後最初の市町村の教育長が集まる席で、1~2割はいると言われる現状の教育に合わない子どもたちのためにも、多様な教育を提供しようと呼びかけ、1つのモデルとしてオランダのイエナプラン教育のビデオを共有します。 そして意欲を示した福山市の三好雅章教育長(当時)らと同年11月には現地に視察に出かけ、翌年には統廃合の対象だった常石小学校をイエナプランに基づくカリキュラムに変更。2022年に全学年がそろったところで福山市立常石ともに学園として開校したのです。さまざまな条件が重なったとはいえ、このスピード感はですごいです。 この学校は特例校ではありません。教育の特徴は、教師から示された「しなければならない課題」と「自分自身が選択した内容」について、どのように学ぶかを計画して、それぞれに合った方法で自立的に学習するブロックアワーや、実際に世界で起こっていることについて教科で学んだことを活用し、グループのメンバーと協力しながら学習するワールドオリエンテーションです。 最も大きい違いは、週の初めに生徒自らいつ何を学ぶのか時間割を決めることです。これによって、主体的に学ぶ姿が見られるようになりました。結果、統廃合の危機にあった学校は、6年間で教育移住者が出るほどの人気校になりました。 ここから派生して広がったのが、自由進度学習です。常石ともに学園を視察した他校の教師たちが、生徒たちが主体的に学ぶ姿を見て、「この学校でこんなことができるのなら自分たちもやりたい」ということになり、2020年から自由進度学習を取り入れ始めました。モデル校となったのが廿日市立宮園小学校。今では県内100校以上にさまざまな形で取り入れられています。 教育委員会に現状を問い合わせたところ、義務教育課の担当指導主事は、「学校によって取り組み方はそれぞれですが、公立校は人事異動もある中で自由進度学習は広がっています。それはやはり子どもたちが主体的に学ぶ姿を見て、先生が手応えを感じるからでしょう。ただ、手法だけが先走ってもうまくはいかないので、『何のために』という目的を大事にするように現場には伝えている」といいます。 保護者からも「子どもが楽しみに登校する様子が見られて嬉しい。自由の中にしっかりした学びがある」と好反応だそうで、今後も研修などで共有しながら、主体的学びを進めていきたいと言います。自由進度学習の様子は、広島県教育委員会のホームページに実例が紹介されていますので見てください。 ほかにも、商業高校の抜本改革のためのアメリカ視察や工業高校の視察で徳島県の神山まるごと高専、農業高校のモデルとして愛知県立安城農林高等学校を訪問したり、ICT 教育推進のために熊本県の先進事例のレクチャーを受けたり、鳥取県や岡山県の先進的な図書館を視察に行ったり、よい取り組みがあれば自ら出向き、職員を派遣し、よいことは取り入れていったのです。このことが後に一部批判を浴びる遠因になったかもしれませんが、こうしてトップ自らが動くことで、職員も刺激を受けていったに違いありません。