「米音楽界の巨人」クインシー・ジョーンズが、私たちに残してくれたもの
「エゴはドアの外に置いてきて」
神様に導かれるようにライオネル・リッチーとマイケル・ジャクソンは2人で曲作りに取り組む。4日間かけ、歌いやすくて印象的で国歌のようなメロディーラインを作り上げた。 個性とアクの強いトップアーティストをオーケストラの指揮者のようにまとめあげられる才能を持っているのはクインシー・ジョーンズを置いて他にいなかった。 ブルース・スプリングスティーン、ボブ・ディラン、スティービー・ワンダー、ウィリー・ネルソン、ダイアナ・ロス、ティナ・ターナー、レイ・チャールズ、ビリー・ジョエル、シンディ・ローパー、ヒューイ・ルイス、ポール・サイモン、ディオンヌ・ワーウィック......。 錚々たる顔ぶれがメディアの目を避けて次々と集まってきた。 レコーディングは85年1月28日、ハリウッドのスタジオで秘密裏に行われた。入口には「エゴはドアの外に置いてきて」と書かれた紙が掲げられた。クインシー・ジョーンズはみんなの気持ちを一つにまとめるため、ボブ・ゲルドフにあいさつさせた。 「アフリカで起きていることは歴史的な規模の犯罪だ。生きている人と隣り合わせに横たわっている死体。2万7500人に与えられる小麦粉はわずか15袋というキャンプもある。あなたたちがいま感じていることをこの歌を通して伝えるのが一番だ。上手くいくことを祈ろう」 ■「人類は一つ」というシンプルなメッセージ 「コーラの瓶にスイカを押し込む」(クインシー)作業は実に10時間に及んだ。マイケル・ジャクソンはスタジオに一番乗りし、クインシー・ジョーンズとソロのラインを確認した。 ブルース・スプリングスティーンのしわがれ声、個性的すぎるボブ・ディランのソロ、シンディ・ローパーのパンチのきいたボイス。強烈な個性が1つになった。 Netflixの『ザ・グレイテスト・ナイト・イン・ポップ』によると、ダイアナ・ロスは最後までスタジオに残り、「この瞬間が終わってほしくない」と涙をこぼした。 『ウィ・アー・ザ・ワールド』が成功したのはトップスターたちが一人ひとりの人間として「人類は一つ」というシンプルなメッセージを送ることにこだわったからだ。 「1億人の飢餓を救う」をスローガンにロンドンと米フィラデルフィアで行われたチャリティーコンサート「ライブエイド」は1億2700万ドル、『ウィ・アー・ザ・ワールド』は6300万ドルを集めた。現在の日本円に置き換えると実に675億円にのぼるという。 米大統領選を5日に控えたクインシー・ジョーンズの死は私たちに何を伝えようとしているのだろう。