社説:新しい年に わがまちの「復元力」高めよう
今も、そこここで崩れた石垣が目に入ってくる。西郷隆盛らが明治政府を相手に蜂起した「西南戦争以来の被害」という。2016年の熊本地震で、加藤清正が築いた熊本城は、国重要文化財13カ所すべてが損壊し、国特別史跡の石垣も全体の3割が崩落した。 天守閣の復旧を先行し、観光客らを入れながら櫓(やぐら)や長塀などの修復を進める。「閉城した方が作業は早いが、負担が大きい。被害を見てもらい、入場料や寄付などでお金を集めつつ復旧する道を選んだ」。熊本市の担当者は話す。 専門的な技術も必要で「完了まであと30年程度はかかる」と聞き、気が遠くなった。 京都や滋賀でも「明日の自分事」と捉えたい。大地震があれば、住民や観光客らの命を脅かし、数々の歴史的な文化財も被害を受けるだろう。生活再建との両立は課題になるに違いない。地球温暖化による「異常気象の常態化」は、台風や豪雨を頻発させている。 私たちに、備えはあるか。 明けた今年は節目が重なる。昭和100年。戦後80年、阪神大震災30年…。暮らしを壊す戦争と災害の記憶は、しかし世代を経るにつれ薄れていく。 「自分事」で向き合う 元日のきょうは、1年前に発生し、石川県を中心に500人超が犠牲になった能登半島地震を踏まえ、災害と地域社会を見つめる。 先月上旬、共同通信が行った能登半島地震の被災者アンケートでは63%が「復旧や復興が進んでいない」と答えた。課題(複数回答)として人口減、住まいの整備に続き、道路や水道など「インフラの復旧」が上がった。 孤立しやすい半島での復旧の困難さ、昨年9月に被災地を襲った豪雨による複合災害を勘案しても、過去の震災と比べて対応の遅さが際立つ。仮設住宅も先週、4カ月遅れで全戸が完成した。 不衛生な避難生活や、ケアが行き届かない仮設暮らしの長期化により、持病の悪化など心身の負担で亡くなった「災害関連死」は石川県だけで240人を超えた。建物倒壊などの直接死を上回る。 222人の災害関連死が問題になった熊本地震の教訓は生かされず、助かった命が失われた。 能登の約400キロ南では、4月に開幕する大阪・関西万博に向け、工事が急ピッチで進む。この国のひずみが見えないだろうか。 災害時の国と自治体の連携、役割分担を改めて点検し、再構築しなければならない。 石破茂首相は「防災省」の必要をかねて持論とし、2026年度中に防災庁を設けるという。災害対応のプロを育成し、縦割りを超えた実効的な組織を求めたい。 同時に必要なのは、自治体の裁量と財源を拡充する分権化だ。 過去の震災でも現場に応じた自治体の対応に、国の詳細な規制や補助金要件、煩雑な事務手続きが障害だと指摘されてきた。能登半島地震を踏まえた全国知事会の提言でも、災害救助法などの制約を見直し、自治体判断で柔軟に運用できるよう求める。 節目といえば、「国民が豊かさと安心を感じられる地域社会を目指す」とし、国と地方の関係を明治以来の「上下・主従」から「対等・協力」に変える地方分権推進法が成立して30年である。 分権で自治の再生を だが、「住民に身近な自治は強まったが、ここ10年は財源移譲が進まないこともあり停滞気味」(京都市幹部)。知事会も昨年8月、「国の関与などで、地方が自ら意思決定するための自治立法権を十分に行使できない現状が続いている」と分権改革を提言した。 関与の典型が昨年、岸田文雄前政権が進めた地方自治法の改正だろう。具体例も示さず、地方への国の指示権を強めた。安倍晋三政権が始めた「地方創生」は、昨年で10年を経たが、政府の検証報告にある通り、地域間の「人口の奪い合い」に陥った。ふるさと納税で「税の奪い合い」も助長する。 石破氏は「地方創生2・0」を掲げ、新年度当初予算案に関連予算を「倍増」した2千億円余りを入れた。だが、中身を根本から見直さねば、失敗をなぞるだけだ。 立憲民主党は自治体が自由に使える「一括交付金」など、分権の推進を衆院選公約とした。日本維新の会も「多極型の日本」へ統治機構改革を唱えている。 人口減と災害を軸に 衆院選の大敗で少数与党となったのを奇貨とし、こうした野党に自治体も加え、地方政策をたたき直してはどうか。災害への対応は一致しやすい切り口になろう。 1千兆円超の債務を抱える国の財政を立て直し、非常時に向けた財政余力を上げる必要もある。 自治体側も動きたい。災害の発生前から、被災後のまちづくりの共有や被害最小化の準備を進める「事前復興」の視点が重要だ。 人口減を前提にした適応策の検討や、市町村の広域連携を協定化する「定住自立圏」といった制度の活用など、幅広い視点で地域の「復元力」を高めてほしい。 年の初め、居住地域の災害を予測するハザードマップや家庭の備蓄品を確かめ、近隣への声かけなど個人でできる備えも強めたい。