国会の閉会中審査における植田総裁の発言
はじめに
国会の閉会中審査(8月23日)で、植田総裁は、米国景気の見通しの悪化が8月初の金融市場の不安定化の主因との見方を示した。また、7月利上げは、経済や物価が既往の見通し通りに推移したほか、輸入物価によるインフレの上振れリスクが高まったことに対応したとの説明を確認した。もっとも、両院の議論では、今後の政策対応についても注意すべき論点が取り上げられた。
金融市場の不安定化
閉会中審査の主眼であった8月初の金融市場の不安定化について、植田総裁は、主要経済指標をもとに米国景気の悲観論が急速に拡大した点が主因との見方を指摘した一方、為替の円高化については日銀による利上げの影響も示唆した。また、鈴木財務相は、地政学的リスクの高まりによるリスク回避の広がりも影響したとの見方を示した。 その上で、植田総裁は、米国経済の過度な悲観論が修正されたことや日本企業の収益力が再評価されたことが、その後の株価や為替相場の反転につながったと説明しつつ、現在も金融市場に不安定性は残るとして、引き続き状況を注視する考えを示した。 出席した議員はこうした説明に概ね理解を示した一方で、日銀による利上げ決定ないし継続利上げの方針が金融市場で事前に共有されていなかったことも、不安定性に拍車をかけたとの考えも少なからず示した。 植田総裁は、その妥当性には明確な意見を示さなかった。一方で金融政策の効果は金融市場を通じて波及するだけに市場との対話が重要であるとの考えを確認し、今後も講演や記者会見、公表資料などの多様な手段を駆使して理解の促進に努める考えを説明した。
利上げの妥当性
日銀による一連の利上げについては、着手に遅延したことが金融市場での過度なポジションの蓄積を招き、その分だけ調整のインパクトが大きくなったとの批判もみられた。こうした批判には、黒田前総裁が過剰な金融緩和を必要以上に継続したとの理解も窺われた。 これに対し植田総裁は、「量的・質的金融緩和」には基調的物価が持続的、安定的に目標を達成するまで継続するというコミットメントがあった点を説明するとともに、本年3月と7月の利上げは、物価が見通し期間の後半に目標を達成することに自信が持てるようになったことに基づくとの説明を確認した。 7月利上げについては逆に時期尚早との指摘もみられた。その背景としては、中小企業で賃上げの持続性に不透明性が高いことが主として挙げられた。また、利上げの妥当性に理解を示した議員も含めて、中小企業や家計への金利コスト面での影響に対する懸念も示された。 植田総裁や加藤理事は、経済統計だけでなく日銀独自の調査の結果によって、賃上げが幅広い層の企業に拡大した点を確認したと説明した。また、植田総裁は持続的な賃上げには生産性の上昇が必要であり、日銀は緩和的な金融環境の維持を通じて企業努力を下支えする考えを示した。 また、植田総裁や加藤理事は、企業や家計の借入コストが上昇するとしても、同時に残高1000兆円に達する預金からの金利収入も増加する点を挙げたほか、利上げ後も金融政策は十分緩和的であるとして、過度な懸念の必要性を否定した。 なお、一部の議員が7月記者会見での植田総裁の発言(利上げに対応しえない企業が生ずることは否定できないとの趣旨)を批判したのに対しては、植田総裁は、今後の政策運営では利上げの影響を注視することを確認した。 その上で、多くの議員は今後の利上げ方針を質した。そうした質問の中では、8月7日の内田副総裁の講演(金融市場が不安定な間は利上げを行わないとの趣旨)が取り上げられ、金融市場の不安定化リスクに慎重に対処すべきとの考え方の一方、金融政策が株価動向に左右されるのは不適切との考え方も示された。 植田総裁は、利上げの如何は、物価が持続的で安定的な目標達成に即した動きになっているとの判断に基づいて行うとの方針を確認した一方で、金融市場の変動が経済と物価に与える影響を注視していくと回答した。加えて、一部の議員が懸念を示したような植田総裁と内田副総裁との意見の相違はないとも説明した。