なぜ研究者は「隠したがる」のか…天才科学者・山中伸弥が羽生善治に明かす、あまりに非効率な生命科学界の「ヤバすぎる伝統」
すべてが「リアルタイム」の時代
羽生:最近聞いた話で面白かったのが、コーネル州立大学のデジタル・コレクション「arXiv」(アーカイブ)です。物理や数学、コンピュータなどの分野における研究者の雑誌掲載前の論文を電子データ化して蓄積・公開する電子アーカイブです。 研究と発表にタイムラグがあると、他の研究者たちが何をやっているかはわかりません。でも「アーカイブ」を見れば、審査前の論文が掲載されているので、どういう最新の研究が行われているかがすぐにわかる。そこでチェックしている研究者もけっこういるようです。 山中:物理学や数学は、そういうリアルタイムの発表がずいぶん前から行われています。論文発表は、最後に付け足しのような完成形でやります。学会発表やウェブ上の発表でも、どんどんデータを出して、リアルタイムに批評も受ける。間違えていたら誰かが気付く。多くの学問分野ではそういうふうになっています。 でも生命科学は伝統的に論文発表までは隠します。学会で発表しても、大事なところはわからないようにして発表する。そんなスタイルでずーっと来ました。たとえばゲノム解析で、ある配列がある病気と関係があるとわかったら、論文にするのは当然です。でもそれと同じくらい大切なのは、この配列は関係があったけれど、こちらの配列は関係なかったという情報なんですね。 羽生:そうだと思います。 山中:でも今の生命科学の発表の仕方では、そういう情報はほとんど世に出ません。だから結果的に、無駄な研究をすることになる。
「伝統」を変えられるか
羽生:もしかすると、同じような研究を重複してやっているとか、他の研究室ですでに結論が出ているようなケースも――。 山中:多いと思います。データというものは多ければ多いほど正確になり、誤りが少なくなっていきます。生命科学はそのビッグデータの共有が他の分野に比べると進んでおらず、研究発展の大きな壁になっています。 フェイスブックを立ち上げたマーク・ザッカーバーグさんは、奥様が小児科医なんです。だから科学研究に多額の寄付をされています。2016年には、一つのファミリーで30億ドルを投じて、この世から病気をなくすためのプロジェクトを始められました。 彼女らは生命科学の発表のやり方を、さきほどの「アーカイブ」のようなオープンアクセス型に変えていこうとしています。そうした計画にも多額の寄付をされていますね。 羽生:科学論文サイトの購読料が高騰しているために、契約をやめる組織が相次いでいることが問題になりましたね。そういう状況に不満を抱いた大学院生がコンピュータのスキルを駆使して、何十万件という科学論文のファイルを無料配信し続け、論文雑誌側から訴えられた、とか。 山中:そもそも論文やジャーナルは、研究の発展を推進するためのはずが、逆にブレーキになってしまっているところがあります。 羽生:その他の分野でもそうかもしれませんが、研究に伴う権利だったり、特許だったりが関連しているので、なかなかすべて自由に、オープンに、というわけにもいかない。 山中:それはそうなんです。そこからパテント(特許権)も発生するので、守るところは守らないとだめなんですけれども。 『「企業に特許を取られるとマズい…」京都大学が特許を取得せざるをえない衝撃のウラ事情…普通とは「180度違う発想」』に続く
羽生 善治、山中 伸弥