「トランプとの交渉は可能だ、悲観するな」 政治学者が解き明かす
火星ミッションで「再び偉大に」
──トランプ政権復活は、欧州でどう受け止められていますか。 アンセル:仮に指導者自身がトランプ復権をさほど歓迎しないとしても、欧州には、トランプ好きの国民に支持されている国家主義的かつ保守的な指導者が何人もいる。 欧州で、ウクライナ問題の膠着という認識が広がるなか、トランプが何らかの動きをもたらすことができるのなら、返り咲きは必ずしも悪いことばかりではない。 ──トランプ復活で、日本はどのような対応を迫られると思いますか。 アンセル:日本のリスクは、米中貿易戦争で日中の経済関係が不安定化し、日本企業が多大な損失を被ることだ。トランプは、アジア太平洋経済協力会議(APEC)などを弱体化させる。 日本にも10%の追加関税を課す可能性がある。関税を避けるためには、日本の首相は、それと引き換えにトランプが何を求めているのかを考えなければならない。 ■火星ミッションで「再び偉大に」 ──トランプ支持のイーロン・マスク米テスラ最高経営責任者(CEO)は、なぜ政治の世界に足を踏み入れたのでしょう? アンセル:シリコンバレーのテック系起業家は元来、民主党とつながっていたが、共和党にシフトしている。テック企業が巨大化したからだ。共和党は民主党ほど大企業の解体や規制に関心がない。 社内の文化闘争も背景にある。ジェンダーや人種、平等、多様性など、テック大手の従業員が左傾化し、労使間で文化的格差が生じたのだ。マスクは従業員の「ウォーク」化を嫌い、右傾化した。 トランプはマスクを「政府効率化省(DOGE)」のトップに選んだが、問題は、トランプがいつまでマスクを引き留めておくかだ。マスクはトランプの私邸に滞在しており、トランプに近い人々からはマスクへの不満が噴出している。マスクは1年もたたずにDOGEの仕事に飽きるだろう。 トランプは第1次政権で「宇宙軍」を創設したが、(米宇宙開発会社スペースXを率いる)マスクに火星へのミッションを提案するのではないか。火星ミッションで「米国を再び偉大にする」ためだ。 ──DOGEでは、大規模な歳出削減や連邦政府機関の縮小などが予想されます。 アンセル:マスクは、2024年の共和党予備選に出馬したビベック・ラマスワミとともにDOGEを率いる。ふたりで担当するのだから、政治闘争が起こるのは必至だ。そして、彼らの前に立ちはだかる問題は、歳出に関する大半の決定が議会によって行われることだ。議会が削減に応じない可能性もある。歳出削減は容易ではない。 ──政治の失敗を回避するには、「罠を見分ける術」と「罠から逃れる方法」を学ぶという2つの選択肢があるそうですね。 アンセル:二極化などの問題を認識することが重要だ。問題が存在しないかのように振る舞っていると、事態は悪化する。 ──トランプ政権をより良く理解するためのヒントをいただけますか。 アンセル:トランプを素晴らしいと感じる必要はない。だからといって、世界の行く末を悲観する必要もない。トランプは、大半の政治家よりも「政治的」だ。交渉や歯に衣着せぬ議論を好む。 民主主義の実践には、民主主義がオバマのような大統領を生み出すのと同様にトランプのような大統領も生み出す、という事実を受け入れなければならない。 トランプは実に予測不可能で不確実性に満ちているが、パニックに陥る必要はない。彼が外交を「ディール(取引)」のごとくみなしているのなら、他国もディール外交を展開すればいい。受け身でいる必要はない。トランプとの交渉は可能だ。 ベン・アンセル◎1977年生まれ。ハーバード大学で博士号を取得し、35歳でオックスフォード大学教授に就任。専門は比較民主制度論。著書『政治はなぜ失敗するのか 5つの罠からの脱出』(飛鳥新社)では分断と格差の起源を掘り下げ、民主主義を機能させるための具体策を提案する。
肥田 美佐子