日大の裏面史から描く「悪党」たちの出世物語 ラスボスたちが集った「ちゃんこ屋ノワール」
また大学施設の工事業者からの裏金も取り沙汰され、日本大学医学部附属板橋病院の建て替え工事をめぐっては背任の罪に問われるなどする。 金と人事と暴力――田中は理事長というよりもフィクサーのようだ。田中が理事長に到達できたのは、古田会頭時代からの大学の体質のおかげもあっただろう。それどころか、フィクサーのような存在にまで突き抜けられたのは、相撲の道を諦めたことと無関係ではあるまい。 『魔窟』を読むと、田中の強みは名誉欲がないことに思える。たしかに日本一の大学の理事長やJOCの副会長などの座に就きはしたが、名誉職を求めることはなかった。一方で大学の表の顔として担いだ総長には思う存分に、名誉を漁らせた。クリントンやゴルバチョフの元米ソ国家元首を呼ぶなどやりたい放題をさせたのだ。それを見逃すことで田中も好き放題をした。
田中には徹底して裏の権力者で居続けるための胆力があった。大相撲の世界に入っていれば……などといった「たられば」を抱えたままでいれば、横綱の代用となるような名誉を求めたに違いない。未練を断ち切った者だけが、怪物になれるのだ。 ■謎の肩書「自動販売機アドバイザー」 古田体制に「裏口入学の帝王」がいたように、田中支配の日大にも小悪党たちがいた。その温床となったのが株式会社日大事業部だ。保険代理店など手広く商売をする事業会社である。
田中の肝煎りで設立されたこの会社は、自販機ビジネスに始まる。そのとき活躍したのが井ノ口忠男(2021年に背任で逮捕)であった。日大アメフト部のOBでもある彼は、日大の理事にまでなるが、もともとは「自動販売機アドバイザー」であった。 「自動販売機アドバイザー」とはなんとも奇妙な肩書だが、日大では学内の自販機売り上げが月に数億円になる。井ノ口のおかげで自販機ビジネスは成功し、それを糸口に事業を拡大していき、2021年には291億円にまで年商は膨らんだ。その裏では、〈田中の威を借りた理事の井ノ口らが大学の出入り業者を操ってきたのは疑いない〉と森は断じる。