伝統工芸を救う、 KASASAGI塚原龍雲が描く職人たちの未来
経済合理性の追求に迷って出家
しかし、期待していたようには売れず、資金は底を尽きかけた。危機を迎えたKASASAGIを救ったのが、BtoB の贈答市場だ。企業が得意先に記念品として高価な工芸品を贈ることがある。しかし、一般的な企業は工芸作家とコネクションがない。一方、KASASAGIには、どこにどのような技術をもった職人がいるかの詳細なデータ、そして個々の職人との信頼関係がある。塚原は企業の贈答ニーズをとらえて職人とマッチングして、贈答用工芸品の提案を開始。これが当たった。現在の空間プロデュースも、その延長線上にある。 「工芸品は暮らしの道具ですが、経済合理性を追求すれば必ずしも必要なものではなく、心の余白がないと楽しめない。伝統工芸技術で設えた空間プロデュースは、職人さんに利益やものづくりの喜びを提供するためだけでなく、利用者に暮らしの余白をもってもらうためのアプローチでもあります」 ■経済合理性の追求に迷って出家 実は当の塚原自身が余白を失って追い詰められたことがある。BtoBで事業は軌道に乗り始めたが、成長とともに利益が気になり始め、何でも経済合理性の物差しで測るようになってしまったのだ。 「恋バナをしている友達を見て、こんな話、生産性がなくて聞いていられないなと。従業員にもそんな態度で接した結果、ストレスで追い詰めてしまい、心身に支障をきたす仲間も出てしまった。僕自身、常にイライラしていて、何のために事業をやっているのかわからなくなっていました」 塚原を救ったのは出家だった。22年の年末、悩みを相談した先輩起業家にインドに連れていかれ、流されるままに得度した。仏教の教えが悩みを直接的に解決してくれたわけではない。ただ、形式的にでも世俗を離れたことで冷静になれた。「以前は売り上げさえ伸ばせば職人さんに恩返しできると単純に考えていて、ものづくりのためのビジネスと、ビジネスのためのものづくりがごっちゃになっていた。これをきちんと言語化できるようになっただけでも大きかった」 現在、塚原は原点に立ち返り、職人が活躍できる場を広げようとさらに事業の幅を広げている。アメリカでも空間プロデュースを始めたほか、国内でホテル事業も計画中だ。 「単に『生きる』ためだけなら伝統工芸品は必要ではないかもしれません。しかし、人が『良く生きる』ためには必要なもの。経済合理性とは別の軸で物事をとらえる感性を育んでもらうために事業を続けていきます」 塚原龍雲◎2000年生まれ。20年に工芸技法を用いたアートや建材などで空間プロデュース事業を手がけるKASASAGIを創業。現在は、ECサイトを展開するKASASAGIDO、KASASAGI USも設立し、代表を務める。
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