"世界初"挑戦への失敗から2年。月面着陸に挑む日本の宇宙ベンチャーを直撃「"初"の称号がなくなった今、再挑戦に意味は?」
2022年12月に打ち上げられ、世界初の民間企業による月面着陸に挑み、あと一歩及ばなかったミッション1の失敗から約2年、再び月面を目指すispace(アイスペース)。 【写真】ローバーに搭載されている小さな家 今年1月にはJAXAの月探査機SLIMが、2月にはアメリカの宇宙ベンチャー企業、インテュイティブ・マシーンズのNova-Cが、それぞれ月面への着陸に成功しており、今年12月の打ち上げを目指すispaceの月着陸船「RESILIENCE(レジリエンス)」が予定どおり、来年春の月面着陸に成功したとしても、すでに「日本初」や「民間企業初」の称号は得られない。 しかし、ispace代表取締役CEO・袴田武史氏は「もちろん、世界初や日本初になれれば良かったと思いますが、1番であることが本当の目的ではありません」と語る。 「われわれが将来的に目指している月資源の活用など、これからの宇宙開発で、民間企業の存在が重要さを増していくことは間違いない。そう考えると、月への輸送手段を巡る技術開発で『1番』でなくとも『トップグループ』にいることが重要な意味を持つのです。 この先、本格的な月面開発を進めていくためには月の資源を採掘して水を確保し、そこから人間の生活に必要な酸素や燃料となる水素を作ったり、通信インフラを整備したりすることが必要になる。それらの実現のためには、効率の良い月への輸送手段が欠かせないのです」 例えば、今回のミッション2では、マイクロローバー(月面探査車)が採取したレゴリス(月面の砂)の所有権をNASAに譲渡する予定だが、その契約にそもそもなんの意味があるのか?と思うかもしれない。 だが、袴田氏は「これも将来的な『月資源の採掘』と『月資源の商取引』への道を開くための一歩で、NASAもこうした取引を通じて、多くの民間企業が月面開発に必要な技術開発を進めることを期待しているのだと思います」と語る。 かつては国家的プロジェクトの象徴だったアメリカの宇宙開発も、スペースXを代表とする民間宇宙企業の存在なしには成り立たなくなっているように、NASAを中心として多くの国々が参加する、壮大な月面開発プロジェクト「アルテミス計画」でも、民間宇宙ベンチャー企業の存在と技術力が大きく期待されている。 ispaceがその一翼を担える存在となるためにも、今回のミッション2での着陸を成功させることが欠かせないが、袴田氏の目はすでに「その先」に向けられている。 「現在、米コロラド州デンバーに設立した米国法人で、アルテミス計画の一部として、ドレイパー研究所との共同プロジェクトの形で、APEX1.0と呼ばれる新しい月着陸船を開発し、月の裏側への着陸を目指す『ミッション3』の準備を進めています。 また、それと並行して経済産業省の補助金(SBIR制度)を利用した、より大きなペイロード(貨物)積載量を持つ『シリーズ3ランダー』の開発も2027年頃を目標に進めていく予定です」 今回、ispaceがランダーを公開した9月12日は「宇宙の日」。これは、1992年9月12日、日本人初の宇宙飛行士、毛利衛さんがアメリカのスペースシャトル・エンデバー号に乗って、宇宙に旅立った日を記念して制定された記念日だという。 それから32年。日本の民間宇宙ベンチャー企業であるispaceは、今後、世界の宇宙開発に欠かせない存在となれるのか? 当時は想像もできなかった壮大な夢の実現のためにも、RESILIENCEが無事に月面に着陸するのを見届けたい。 ●袴田武史 Takeshi HAKAMADA ispace代表取締役CEO&Founder。1979年生まれ、東京都出身。名古屋大学工学部を卒業後、米ジョージア工科大学で修士号(航空宇宙工学)を取得。外資系経営コンサルティングファーム勤務を経て、2010年に民間月面探査レースに参加した際に日本チーム「HAKUTO」を率いる。民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を主導しながら、月面輸送を主とした民間宇宙ビジネスを推進中 取材・文/川喜田 研 撮影/佐々木里菜