【インタビュー 船舶燃料転換】 商船三井 執行役員・髙橋和弘氏、燃料GX事業部長・漆谷禎一氏。2030年代 アンモニア大宗に
2050年の国際海運GHG(温室効果ガス)排出ネットゼロの実現に向け、船舶燃料が一大転換期を迎えようとしている。商船三井の燃料GX事業部を担当する高橋和弘執行役員と漆谷禎一燃料GX事業部長に次世代の船舶燃料を巡る分析と戦略を聞いた。(聞き手 柏井あづみ) ■燃料転換で7割減 ――商船三井グループは50年のネット排出ゼロを目標に掲げている。脱炭素戦略において船舶燃料の転換をどう位置付けるか。 「大前提として船舶燃料の転換は脱炭素への最大の柱であることは間違いないが、それだけではゼロエミッションは達成できない」 「ゼロエミッション燃料の導入は30年以降に本格化が見込まれる。まずは効率配船や風力・省エネ設備の導入を進め、最終的にこれによりGHG排出量2割程度の削減を目指す。その上で、クリーン燃料への転換で7割程度を削減し、残りの1割をCO2(二酸化炭素)除去技術や森・マングローブの再生といったネガティブエミッションで補う」 「この前提の上で、当社の800隻規模の関連船に対する、代替燃料の導入プランの議論を重ねている。燃料の特性や商用化のタイミング、船のサイズや航路の特性に合わせて複数の燃料を組み合わせ、ゼロエミッションへのロードマップを作っている」 「荷主の皆さんにとっても今後、どういった船舶燃料船を自社の貨物輸送の軸に置くかが大きな検討課題となっていると聞く。当社の営業部門が貨物輸送契約の獲得を目指す上で、燃料供給面のプロアクティブな打ち出しが重要な鍵を握ってくる」
■アンモニア安価に ――23年4月に公表した『環境ビジョン2.2』では30年までに外航船90隻にLNG(液化天然ガス)燃料とメタノール燃料を導入する計画を掲げている。 「LNG燃料船は初期投資が大きく、一定の燃料タンクスペースが必要なことから、中型船および大型船への導入が中心になる。船種では特定トレードに従事することが多い自動車船やケープサイズバルカー、VLCC(大型原油タンカー)などが適している」 「一方、中小型バルカーやケミカル船などはハンドリングが容易で燃料供給拠点を各地に展開しやすいメタノール燃料を活用できる可能性がある」 「30年代以降、LNG燃料船とメタノール燃料船は足元で利用しているLNGやメタノールから、ゼロエミッション燃料であるeLNGやバイオLNG、グリーンメタノールに切り替わっていくとみている」 「大型船については、燃料がLNGからアンモニアに切り替わることも想定される。アンモニアは20年代後半から導入が始まり、30年以降に生産の拡大により相対的に安価な燃料となることが期待され、普及が加速すると予測している」 「30年代前半からLNG燃料船の隻数は横ばいになり、アンモニア燃料船が増加していく。長期目線では、アンモニアが大宗になっていくと予測している」 ■e・バイオLNG ――各論として、主要な代替燃料の特性と需給予測を聞きたい。まずLNG燃料をどう分析するか。 「LNG燃料の重要なポイントは、今まさに利用可能な低炭素燃料であることだ。既に多くのLNG焚(だ)き船舶が稼働し、燃料供給体制も整っている」 「LNGの供給量は、都市ガスや産業用・発電用に圧倒的に巨大なボリュームが存在し、それに比べると、舶用燃料の需要量はわずかだ。今後、舶用LNG燃料も需要増が見込まれるが、供給面で大きな不安はない」 「GHG削減率については、化石燃料であるLNGは重油比で2―3割程度にとどまる。ただ、将来的には水素とCO2から生成されるeLNGや、バイオメタン由来のバイオLNGというゼロエミッション燃料に置き換わっていくと予想される」 「eLNGは現時点で生産体制が十分に整っていない。バイオLNGは現在でも購入できるが、コストが高い。このため、30年以降に足元で利用しているLNGから徐々に置き換わっていくとみている。ただ、荷主をはじめ社会からのネット排出ゼロの要望が一段と高まれば、30年を待たずに置換が進む可能性はある」 ■供給船の不足も 「一方、LNG燃料の懸念として、バンカリング(燃料供給)インフラの容量不足が挙げられる。LNGバンカリング船の基本構造はLNG輸送船と同様であり、建造コストが非常に高くなる。燃料の取り扱いもLNGカーゴと同様の安全管理や作業手順が求められる」 「このため、現在の重油のように世界各地にLNGバンカリング船が配置される将来像は考えにくく、LNG燃料の供給拠点は主要港に限定される可能性が高い。また、今後のLNG燃料船の急増に対してLNGバンカリング船の供給能力が追い付かない恐れがある」 ■ローリー供給4台 ――商船三井の足元のLNG燃料の調達状況は。 「有力なLNGサプライヤーと購買契約を締結し、昨年からLNG燃料の供給を始めている。LNG燃料船の竣工に伴い当社のLNG燃料の需要も増加するため、サプライヤーの数や契約数量も増やしていく」 「内航分野では昨年1月から商船三井さんふらわあのLNG燃料フェリー2隻にLNG燃料供給を開始している。日本初の試みとして別府港(大分県)でLNGローリー4台を並列する燃料供給方法を確立し、フェリー2隻に交互に毎日、供給作業を行っている。1年以上経過したが、大きなトラブルなく供給できており、安全面でも確かな手応えを感じている」 ■アンモニア増期待 ――アンモニア燃料の特性と課題をどう分析するか。 「アンモニアは炭素を含まず、燃焼してもCO2(二酸化炭素)が発生しないゼロエミッション燃料であり、船舶燃料におけるゼロ排出を達成するための重要な燃料になると考えている。また、アンモニアは石炭火力の混焼用や水素キャリアとしても期待されている」 「現在、流通しているアンモニアは天然ガスなどの化石燃料を原料とするいわゆる『グレーアンモニア』であり、製造過程を含めたライフサイクルベースではCO2が生じてしまう」 「一方、水を再生可能な電気で分解した水素と空気中の窒素を結合させて生成する『グリーンアンモニア』は原理的にはライフサイクルにおけるCO2排出はゼロになる」 「グリーンアンモニアの生産はまだ本格化していないが、アジアを中心とした発電用途や欧州での水素キャリア用途の巨大な需要が創出される可能性が高く、生産が大規模化する素地がある。供給面で大きな拡充が期待され、2030年代以降に世界で普及が進むだろう」 「需要全体に対する船舶用アンモニア燃料のポーションは大きくないため、供給確保について現時点では心配していない」 ――アンモニア燃料の価格競争力は。 「グリーンアンモニアは水と空気中の窒素を原料とするため、電気分解に利用する再生可能エネルギーのコストを抑制できれば、他のゼロエミッション燃料と比べて製造コストは相対的に安くなるだろう」 ――商船三井グループは昨年6月、米ルイジアナ州でクリーンアンモニア生産・輸送計画を進めるアセンションクリーンエナジーに出資した。 「生産されるアンモニアの海上輸送と併せて、船舶燃料用にアンモニアのオフテイク(引き取り)も視野に入れる。広範なアンモニア需要に応えるサプライチェーンの一翼を担いたい」 ――シンガポールでは伊藤忠商事や仏トタルエナジーズなどとアンモニア燃料供給プロジェクトに取り組んでいる。 「現在、アンモニアバンカリング(燃料供給)船の船型や供給に関するルールについてパートナーおよびシンガポール当局と検討を進めている」 「まだ確立されていないアンモニアやメタノールの燃料供給における課題解決は、個々の企業だけでは成し遂げることができない。広範なバリューチェーンにわたる連携が必要であり、それぞれの燃料におけるパートナーシップ戦略が求められる」 ■目的生産物に? ――メタノール燃料の特性と課題をどう分析するか。 「既に対応エンジンが実用化されており、コンテナ船大手などがメタノール焚(だ)きコンテナ船の整備を進めている」 「メタノール燃料はLNG(液化天然ガス)に比べて取り扱いが容易であり、供給拠点が広がりやすい。中小型バルカーなど多様なトレードに従事する船舶に適している」 「技術的なハードルは少ない半面、課題として(GHG〈温室効果ガス〉排出ネットゼロの)『グリーンメタノール』の供給確保が挙げられる。現在、普及している天然ガス由来の『グレーメタノール』はGHG削減効果が小さく、脱炭素化にはライフサイクルで排出ゼロのeメタノールやバイオメタノールが必要になる」 「ただ、都市ガスや発電用など他の用途の需要が大きいLNGと異なり、eメタノールやバイオメタノールは当面の間、船舶向け需要が大部分を占める見通しだ。つまり海運向けの目的生産物となるため、海運会社が必要量をサプライヤーに示して生産および供給を後押しするアプローチが求められる。生産の大規模化が進みにくく、コストも割高になりやすい」 「カナダのメタノール生産大手メタネックスもバイオメタノールの生産を検討している。当社はメタネックス海運子会社ウオーターフロントシッピングに出資することで深い関係を築いており、バイオメタノールの調達について意見交換をしている」 ■航空機との競合 ――バイオディーゼルはどうか。 「ドロップイン燃料として優れているが、課題として航空燃料との競合が指摘されている。航空機は燃料としてのLNGやアンモニアの利用が難しく、ジェット燃料に代わる持続可能な航空燃料(SAF)、いわゆる『バイオ燃料』の利用が促進されている。そして、バイオディーゼルとこの航空機用バイオ燃料の原料は重なっている」 「現在、バイオディーゼルの主な原料は廃食油だが、それ以外にもさまざまな原料を利用したバイオディーゼルが商用化されている。原料の多様化が進んでいることもあり、短期的な供給に大きな不安はなく、需要に応じた量を購入できるだろう。しかし、中長期的にはやはり航空機向けバイオ燃料との競合により、供給に制約が生じる可能性がある」 「また、バイオディーゼルは原料ごとに性状が微妙に異なる。このため現在、利用時のエンジンの状態をチェックしながらトライアルを継続している」
日本海事新聞社