世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.118「底の知れないペドロ・アコスタ、19歳と思えぬ戦い方に震撼」
体力の面で後れをとった?
現象として確実に言えるのは、12周目にマルク・マルケスを抜くほどの勢いだったアコスタが、その1、2周後から急に失速し、9位でフィニッシュしたということ。ここにはもちろん今のMotoGPタイヤにふさわしいマネージメントが不足していた、という要素もあったでしょう。そしてもうひとつ言及しておきたいのは、体力という要素です。 昔のGPマシンは、とにかく軽い! 最高峰クラスのGP500マシンで言えば、’91年以降の最低重量は130kgでした。それ以前なんて115kgですからね。とんでもない軽さです。今のMotoGPマシンの最低重量は、157kg。’91年以降のGP500マシンに比べると、27kgも重い。グラム単位で軽量化をめざすレーシングマシンからすると、とてつもない重さです。 重さが何に利いてくるかって、何と言ってもブレーキングです。MotoGPマシンは最高速もとんでもない速さ。コースにもよりますが、僕の現役当時のGP500マシンに比べるとストレートスピードは50~60km/hも高まっています。それだけ高速で、なおかつ27kgも重い物体を急減速させるわけですから、ライダーの体にかかる負担も相当なもの。体力がないと、とてもではありませんがレースになりません。 ──M.マルケス(左)とアコスタ(右)。 これも推測に過ぎませんが、アコスタのタイヤマネージメントの方法そのものに問題があったわけではなく、体力的な限界から思うようなタイヤマネージメントができなかったのかもしれません。というのも、後退し始めてからの彼の振る舞いは落ち着き払っていて、きっちりと9位で完走してみせたからです。 実はこのレース運びも本当にすごいこと。普通の若手は、8番手グリッドからのデビュー戦で、しかも途中でマルケスを抜いたりしたものなら、舞い上がってしまうものです。タイヤがタレてもそのことに気付かず、ハイペースのまま走り続けてしまい転倒リタイヤ、なんて珍しくありません。 でもアコスタは途中から完全に割り切っていました。オーバーラン気味になってマルケスに抜き返されても無理に追いすがろうとせず、「ま、今日はここまでか」とあっさりと引き下がり、きっちり9位でポイントを獲得したんです。19歳の若者らしからぬ、ベテランの風格さえ感じました(笑)。 さすがにMoto3のデビューイヤーでチャンピオンになり、Moto2でも2年目にチャンピオンを獲っただけのことはあります。レースというものを非常によく理解している。マルケスが「いずれ彼はチャンピオン争いに絡んでくるだろう」と言っていましたが、まさにその通りだと思います。 ライディング面でアコスタが優れているのは、ブレーキングです。とにかく巧みで、もっとも車速を落としたいクリッピングポイントあたりに向けて、無駄なくコントロールしている。MotoGPにも、ただ闇雲にガツンとブレーキングするライダーもいますが、アコスタは非常にスムーズです。ある意味では派手さがない地味な走りですが、逆にここにもベテラン感が表れていて、底知れぬ実力を感じます。 恐らく今回の開幕戦の経験から多くを学んだことでしょう。第2戦ポルトガルGPでは、さらに成長したアコスタの姿が見られるかと思うと、非常に楽しみです。