元駐アメリカ全権大使がすべてを語った!「日米関係の現実」と「陰謀論の真実」――日本人が知っておきたい『日本外交の常識』
これからの「日本外交の常識」
――心配なのは、面白いから陰謀論を信じてしまう政治家が出てきてしまうことです。 それが怖い。それに日本は戦前に国策をあやまって戦争に突き進んだ。何百万人も死んでしまった戦争を、当初は、国民の多くが支持していました。国が国策に反対する人を弾圧したこともあれば、社会全体が戦争に反対する人を非国民と呼んでしまったことがある。 お上が弾圧するのはもってのほかですが、社会全体が少数意見を排除してしまうのも健全じゃないと心から思いますね。でも、あの悲惨な敗戦の経験があるから、もう二度と日本人はひとつの価値観に縛られて悲惨なことはやらないと思います。そこは、自信を持つべきだろうと私は思っています。 でも、日本だけに限らず、社会が人の行動を過度に強制してしまうということは往々にしておこることです。 特に災害の時には、困っている人の利益にもなることをしても、それが商売だと知れると批判が起きたりしますよね。たとえば、こんなことが実際にありました。 山奥の集落の避難所にトラックでペットボトルをたくさん運んで、一本100円のペットボトルの水を300円で売った業者がいた。避難所の人たちにとってはいつもより高くても、水が手軽にしかもたくさん手に入るので、願ったりかなったりだった。ところが、「困っている人を相手に商売するな」、「3倍の値段で売るとはどういうことだ」と批判が起こり、結局、業者はペットボトルを避難所に運ぶのをやめてしまいました。ゆがんだ社会正義が避難所の人たちをさらに困らせてしまったわけです。 アメリカでも、ハリケーンの災害時に避難する人がモーテルに泊まろうとすると、値段が10倍になったことがあって訴訟が起きました。では、そんな時にはどうすることがいいのかということで、マイケル・サンデルが「正義の価格はない」という議論を世に問いかけた。 困っている人を相手に商売をすることは、本当にいけないことなのか。マーケットが需要と供給のバランスで適正な価格を導き出すことは、本当にいけないことなのかということです。 日本では、まだこうした議論が足りないと思いますね。正義というとどこか青臭く思えてしまう。あまり正義、正義というと何が正義なのか見えずらくなるということもあるでしょう。でも、社会が分断されたり、ひとつの意見を社会全体が強制し始めたりする世の中になると、やはり「正義とはなにか」という議論が必要になると思いますね。 それは、これからの外交にも通ずることだと思います。 正しいと信じることは国民の反対があってもやり遂げた一方で、反対する者の意見を尊重してきたのが戦後の政治リーダーの姿でした。ひとつの政治決断の裏にどんなバックグランドがあるのか、またどんな正義があるのかを国民の側で議論が盛んになることを願っています。
現代ビジネス編集部