元駐アメリカ全権大使がすべてを語った!「日米関係の現実」と「陰謀論の真実」――日本人が知っておきたい『日本外交の常識』
「アジア版NATO」の議論で見落としてはいけないこと
――「アジア版NATO構想」をどのように評価されますか。 バックグランドをしっかり踏まえるということは、アジア版NATO構想でもおなじです。ここで日本人が考えるべきことは2つあると思いますね。 1つは、NATOが軍事同盟であるということです。 NATOは、国連憲章7章の集団的自衛権を認めた条項と第8章のそれを地域取極めで行えるという条項が根拠になっていますが、本来は、敵も味方も分け隔てずに安全保障の枠組みに入れることが国連憲章の趣旨です。アジアでも国連憲章に基づいて、地域的安全保障の機構を作るという議論は当然あっても良い議論です。 しかし、NATOはソ連あるいはロシアに対する軍事同盟です。東西の冷戦構造が鮮明になる時代にできた同盟を、いまアジアに持ってきて作ることが本当に良いのかという議論も当然、出てくるでしょう。 もうひとつは、欧州ではキリスト教という価値観でひとつになりやすかったという面があるけれど、アジアはそうではないということです。 もちろん、欧州でも細かく見ればそれぞれの国で文化は異なりますが、アジアの方がもっと宗教的にも人種的にもバラエティに富んでいる。掛け声としては「アジアはひとつ」と言われているけど、私の実感としては「アジアはひとつひとつ」というほどダイバーシティ(多様的)です。経済状況を見てもすでに経済成長した国と、これから経済成長していく国とでは考え方が大きくちがうし、それぞれに社会の価値観も正義も異なっています。 大切なことは、地位協定にしてもアジア版NATOにしても、これまでの経緯やそれぞれのバックグラウンドの視点をそらさずに議論を進めることだと思います。
日米地位協定の議論の背景にある「大切な歴史」
――外交にはそれぞれの国の歴史的な文脈があるし、これまでの交渉の前提もあるということが、杉山さんが『日本外交の常識』で示されたことです。同時にこの書籍からはどんなに国民の反対にあっても政治リーダーが方向性を示すことが大切だということが伝わってきます。 たとえば、敗戦直後は西側資本主義陣営にソ連、中国など東側共産主義陣営も含めた「全面講和」をするのか、いち早く連合国による占領を終わらせて独立するために西側陣営とだけ講和条約を結ぶ「単独講和」なのかで国論が二分していました。 いま考えると全面講和なんてあるわけないんですよ。なぜなら、ソ連は連合国と関係が悪化していき、中国は内戦状態で大陸と台湾に分かれていたわけですからね。でも、単独講和はあまりにも国民の反発を受けていたから、サンフランシスコ講和条約(1951年)を締結した際の日米安全保障条約(旧安保条約)の署名は、当時の吉田茂総理だけが署名して、随行していた池田勇人大蔵大臣には署名をさせなかった。 吉田総理は責任をすべて一人で引き受けたわけです。しかし、これが戦後の日本の外交、とりわけ安全保障の基礎となりました。軽武装―経済重視の吉田ドクトリンは日本の戦後復興の大きな礎となりました。 さらに9年後には、岸信介総理が安保条約を改定しました。日本に駐留米軍を置くのに、米軍の対日防衛義務がが明記されていなかった旧安保条約の不平等性を正したわけです。しかし、このときも国民は大反発した。デモ隊が国会を囲んで、岸さんは安保改定を成し遂げると政権から身を引きましたが、これも現在の日米安保の基礎となっています。