元駐アメリカ全権大使がすべてを語った!「日米関係の現実」と「陰謀論の真実」――日本人が知っておきたい『日本外交の常識』
田中角栄が貫いた「政治リーダーの矜持」
――1972年の田中角栄首相の日中国交正常化の決断も迫力がありました。 本当にそう思います。 半年前にはニクソンショックと言われた米大統領の突然の訪中がありました。田中総理は訪中するまえにハワイでニクソンに会って、日米安保の方針に変更はないという断りを入れて、周到に準備して北京に乗り込んだ。 田中総理がすごかったのは、そのとき事務方レベルで国交正常化の目途はついていないのに訪中したことです。もちろん、公明党の竹入義勝委員長が訪中し、中国側が「戦争賠償放棄」、「日米安保容認」のいわゆる「竹入メモ」の存在も決断を後押ししたが、確約がないのに総理が行って断られたら、それこそ外交史にのこる大失敗になるところでした。 覚悟のうえで角さんは訪中を決断したわけです。 ニクソン訪中の半年後のことだから対米追従と揶揄するひとがいるけれど、米中国交正常化は1979年のことだから、それよりも7年も早かったのですからね。 あの決断は、政治リーダーの真髄だったと思いますね。 ――国民は外交の話が好きだし、昔から世論は政府の外交方針に敏感に反応してきたと思います。ただし、いつも懸念されるのが、「陰謀論」に世論が振りまわされてはいないかということです。 同感ですね。国際関係に携わっているとトランプを裏で動かしているのは誰かとか、世界を牛耳っているのは誰だとか、そういう陰謀論に出くわすことは頻繁にありました。 でも、私自身が外務省に40年いて国際関係を見てきましたが、誰かが陰謀によって特定の政府を動かしたり、国連を動かしたりすることは出来ませんね。 当然、私も外務省はこうあるべきだというのがあって、いろんな提案をしたり、手を打ったりしてきましたが、まあ、誰も言うことなんて聞きません(笑)。ましてや、国を動かすなんてことはたとえ独裁国家であっても無理でしょう。 どこかの国の政府のリーダーを思い通りに動かすなんて、あまりに多くの前提条件があって不可能です。ただし、陰謀論は非常によくできていて、いかにもそれらしいから面白いんですよね。 民主主義のいいところは、ひとつの政策についても右から左まで千差万別の反応があるということだし、それぞれの価値観に基づいて賛成者も、反対者も共存していること。そこに誰かの個人的な陰謀がまかり通ることはありえません。