アール・デコは1920年代のアメリカで大流行した美術モードだが、時計など工芸の分野にも強い影響を及ぼした。直線を幾何学的に使ってデフォルメしたデザインは、当時普及しつつあった腕時計にも多く取り入れられており、大衆が親しみやすいテイストと、やや過剰な装飾性を絶妙なバランスで組み合わせた技法は、いまの視点で見ても新鮮だ。 【画像：ハミルトンも当時多くの角金時計を展開】

グリュエン／カーベックス エクストラロング。K14YG（38.5×22mmサイズ）。手巻き（Cal.330）。1930年代製。取り扱い店／キュリオスキュリオ

アール・デコ様式を取り入れた腕時計の代表的な存在が、“角金”と呼ばれるレクタンギュラーウオッチだ。グリュエン、ウオルサム、ブローバといったブランドが1920年代に作り始め、その後も50年代くらいまでアメリカ市場では人気を博した。文字盤にはレイルウエイトラックなどが用いられ、機能性も考慮されたデザイン。しかしベゼルなどは段差の付いたものになっていたり、ケースが腕に沿って湾曲していたりと、アール・デコ的な特徴が強く感じられる。素材としては18金よりも純度の低い14金や10金、あるいはステンレスに金の膜を圧着した金張りが目立つ。大衆も豪華な消費財を追い求めた時代ならではだ。 この角金時計、日本では時計愛好家の間で80年代より注目を集めていたが、さらに90年代の古着ブームの折に、古着と一緒に買い付けてくるアパレル関係者が多く、原宿あたりでよく売られていてちょっとした人気を集めていた。大量生産時代に生まれた時計だけに、もともとの製造量が多く、当時はアメリカのフリーマーケットで中古品を一山いくらで仕入れることができたのだ。豪華なゴールドの個性的な顔つきの時計で、古着とも相性が良い。それが2～3万円で買えるとあれば、人気を集めるのも当然だった。 現在は状態の良い個体がすっかり減ってしまい、価格も大幅に高騰してしまったが、その枯れた味わいは多くの時計ファンを魅了している。じっくりと探してみる価値はあるはずだ。