「本音と建前」が心をむしばむ――イタリア人精神科医が見つめる日本人の不調
研究の傍ら2018年には、医師国家試験に一発合格。21年春から、慶應義塾大学病院で医師として診察を開始。慶應病院以外でも、週に数日は民間クリニックで診察をしている。冒頭のAさんはその患者だが、フランチェスコさんは話をじっくり聞いてくれるという。 「日本語が伝わらなくて嫌な思いをしたことは一度もありません。母国語ではない言葉を使うので、誤解のないように意識されているからかもしれません。先生自身も精神的に悩まれた時期があったので、私のつらさを正確に理解してくれます」 同じクリニックで診察を受けるBさん(30代)は外国人で、日本語に不安がある。だからフランチェスコさんのような存在はありがたいという。 「私の母国語は英語ではありませんが、フランチェスコと話すときは英語を使います。彼は私の悩みをよく理解してくれます。診察の際、言葉の壁を感じたことはありません。嬉しいのは治療の選択肢を複数用意してくれること。日本に住む外国人にフランチェスコを薦めたいです」
「勝ち組」「負け組」という言葉に抱いた違和感
フランチェスコさんは、自分はイタリア人で「部外者」だからこそ、日本人の心の不調の裏側にあるものが見えると話す。 一つは「同調圧力」。日本の場合、例えば「自分が希望することより、組織の一員としての自分を優先させる」といった考え方が印象的だという。いわば「本音と建前」の使い分け。フランチェスコさんは今、日本人の「本音と建前」について研究し、書籍も執筆中だ。 「会社や学校など世の中の建前に合わせようとするあまり、自分が思ってもいないのに、無理してうわべだけ取り繕おうとする。そうした“感情労働”が心をむしばむのです。本音と建前の狭間で引き裂かれるのがつらいから社会参加しない。それしか選択肢がない。ひきこもりには多くの要因がありますが、そうした側面が引き金になっていると思います」 本音と建前の背景にあるのは、自分がどう見られているのかを意識する「他者の目線」である。他人から見て幸せそう、カッコいい、お金持ちそうな人が日本では「勝ち組」と呼ばれ、そうでない人を「負け組」と決めつけることに違和感があった。 「作られた価値観が格差に拍車をかけているように思います。昨年8月に小田急線車内で起きた刺傷事件で、容疑者が女子学生を狙った動機が『勝ち組の典型に見えたから』と報道されました。『勝ち組』『負け組』という分け方が、そうした犯罪にまでつながっているのではないでしょうか」