「いらないものなんてない」“たくさんのモノ”に囲まれて暮らす89歳ーー「非ミニマリスト」のモノを捨てない住まい方
■「断捨離」や「終活」と逆行 だが、おでんせのオーナー・藤井康雄さんは、入居前に小森さんにこう伝えたという。 「お部屋には大きな収納家具も備え付けてあるし、荷物用のロフトも用意しています。どうしても手放せないものが多くなってしまったら、無理に手放さないで持ってきてください」 この言葉に小森さんは感激した。見学した高齢者向け施設はどこも「荷物は最小限に」というところばかり。 それは当然だろうと思うし、自宅暮らしでも世の中は「断捨離」や「終活」全盛で、モノが多いことを良しとしない雰囲気もある。
頭で理解していても、愛着あるモノとの別れがこんなに心に重たいことだとは思っていなかった。 かくて小森さんは、終の住処の17畳には収まりきらない量の家財道具や荷物とともにおでんせに移り住んだ。現在、自室には、介護ベッドや着物箪笥、テーブル&椅子、食器棚にライティングビューロー、書棚などの大きな家具がびっしり、いや、きっちり? ジグゾーパズルのように並んでいる。 「体を横にしてカニ歩きしかできないのよ」と小森さんはいたずらっぽく笑う。本当にその通りだ。持ち込んだ家具以外に、必要に応じて得意の木工で、いくつか小棚も作ったという。
この部屋で小森さんは自分が主催する折り紙同好会のレジュメを作り、お茶会用の和菓子も作る。「優秀な料理助手」の電子レンジをフルに使って、限定4人までの食事会も開催する。 季節の果物を使って得意のタタンを焼くと、1ホールを16等分して居住者全員とスタッフにおすそ分けもする。 「この部屋には使わないものはありません。今までそうしてきたように、私らしく自由にやりたいことをやって暮らすために、すべて必要なものばかりなんです」
お皿1枚にも思い出があり、現役の実用品。小森さんはおでんせへの入居のおかげで、自分のモノへの思いがわかったという。 ■過去を振り返ることは後ろ向きではない 行きつけの美容室に段ボール10箱分の食器や調理器具を受け渡すことができたとき、長年、使ってきたものが誰かの役に立つかもしれないと思うと、ものすごくうれしかった。手放すのではなく、使ってくれる人に手渡したい。小森さんの非ミニマムな暮らしの根っこにあるのは、この思いだ。