「黒歴史も、会社の恥部も遠慮せずに書いてください」作家が驚愕したトヨタ・章男会長の「破天荒」と会社愛
『トヨタの子』はトヨタ自動車を題材に虚実絡めた長編小説。トヨタ自動車を興した豊田喜一郎氏と、現トヨタ会長の章男氏の物語が、タイムスリップの要素をからめて展開される。創造力と史実の織りなす、600ページ近くに及ぶ力作だ。章男会長への取材も敢行したという著者の吉川英梨さんに、執筆の裏話や、作家のとらえたトヨタ自動車の魅力を伺った。 【写真】トヨタの秘密に迫る一作 (聞き手 浅野智哉) ---------- 吉川英梨『トヨタの子』 豊田家御曹司・章男少年は曾祖父・佐吉の顕彰祭へ家族と来ていた。いたずら坊主の章男は裏山から転び落ちた拍子に車にはねられてしまう。一方は明治時代、佐吉の息子・喜一郎は「自動車」に乗ってきたというアキオと名乗る不思議な子供と、しばしの友情を育む。青年に成長した喜一郎は、父の佐吉に自動車産業への夢を語りながら、あの少年のことを尋ねると、子供はすでに亡くなっていた。親を継ぎ紡績会社に入った喜一郎はボンボン扱いされて現場では蚊帳の外に置かれながらも、クルマへの夢を捨きれてず社業に励む。そんな喜一郎の前に不思議な人が次々と現れて……彼らはいったい何を伝えに来たのか? ----------
借金まみれで倒産しそうな新興会社
『トヨタの子』の執筆制作は、トヨタ自動車の創業者・豊田喜一郎氏の伝記について、講談社が吉川さんに声をかけたところから始まる。吉川さんは「最初はトヨタ自体に興味はなかった」という。吉川さんは「警視庁53教場」「新東京水上警察」シリーズほか、緻密な構成とエンターテイメント性あふれる小説で、多くの読者を集めるミステリー作家だ。 「お話をいただいた頃は、まったく車を運転していませんでした。いまは運転していますけれど、当時のペーパードライバー歴は19年。仮免許検定で7回も落ちているので、もともと車に対しての印象はネガティブでした。クーペやセダンという言葉も、どこかのメーカーの車名だと思っていましたし、トヨタについての事前知識も、日本一大きな車の会社という程度でした。 けれど今回のお話をいただいて資料を調べていくと、喜一郎さん時代のトヨタは売れ筋の製品を出しておらず、借金まみれで倒産しそうな小さな新興企業でした。そんななか喜一郎さんは、会社を守るために奮闘されていました。戦争が始まる時代背景とからめて、彼の成長や人間性を深掘りしていけば、そんなに車の知識がなくても、書いていけると思いました」