「サンドバッグのように扱われた末に人生を終えた」検察が糾弾 遺体に20か所以上の骨折 隣人暴行死の罪に問われた男が記者に語った言葉「愛着に似たような気持ち」「誰かと一緒にいたかった」6月5日に判決【後編】
被告の“孤独”と“転落”「誰かと一緒にいたかった気持ちは正直あった」
公判では、まるで絵に描いたような被告の「孤独」と「転落」も明らかにされていた。小学生の頃に両親が離婚し、父が再婚した女性は、連れ子ばかりを可愛がった。中学校ではサッカー部に入るも、スパイクを買ってもらえずすぐに退部し、非行に走った。結婚生活も破綻し、犯罪にも手を染めた。実家からも「もう一緒には暮らせない」と言い渡された…。 筆者「一連の公判を傍聴して、あなたには“寂しさ”のような感情があるのかなと感じたのですが?」 被告「そうですね、生い立ちもあって、やっぱり寂しさがあった。誰かと一緒にいたかった気持ちは正直あったかなと…。否定はしないです」
「よほどのことがない限り控訴するつもりはない」
そして、唐田さんが亡くなった日の暴行については…。 被告「亡くならせるつもりで殴ったつもりはないですし、6割程度の力で殴った。まさかお亡くなりになるとは思っていなかった。自分がやってしまったことで亡くなったのかなと、いまとなっては思う」 筆者「どんな判決が出ようとも、判決を受け入れる覚悟はできている?」 被告「よほどのことがない限り控訴するつもりはないですし、真摯に受け入れて服役しようと思っています」
区役所職員らが暴行や金銭搾取を“黙認” 被害者との面談に「被告同席」が常態化
この事件のもうひとつの本質は、楠本被告と唐田さんがいずれも生活保護を受けていた中で、堺市中区役所の生活保護担当職員らが、暴行や金銭搾取を“黙認”していた点である。 堺市の検証委員会の報告書や、楠本被告の公判の証人尋問によれば、当時の係長やケースワーカーと唐田さんとの面談に、被告が同席することが常態化。マンションや区役所などでの被告の暴行を、係長やケースワーカーも目撃していたにもかかわらず、注意するだけにとどまり、警察への通報や上司への相談は行わなかった。 さらに、被告の唐田さんへの金銭の要求を止めることもなかった。係長とケースワーカーが、ファミリーレストランで生活保護費を唐田さんに手渡し、唐田さんがその半分以上を、同席していた楠本被告に手渡したケースもあったという。 (5月14日の証人尋問) 検察官「事件当時について、いま思うことは?」 元係長「いまでもずっと考えるのは、自分が適切に警察に通報するという対応を取っていれば、いまごろ唐田さんは好きなタバコをふかせたり…その芽を摘んでしまった。それを後悔しない日はないです」 検察官「警察に通報できなかった理由は?」 元係長「被告が自分に対して『ボクシングジムに通っているんだ』『新人王を狙っているんだ』『獲ったらあなたにベルトを見せたい』と。ボクシングに本気で取り組んでおられた中で、警察に通報すると、その芽を摘んでしまうのではないかと…。目標を摘んでしまったら、恨まれることを回避するのは難しいでしょうし…(区役所が)組織的に守ってくれるという安心感もまったくなかったので… うまくまとまらないですけど」 恐怖やわずらわしさといった気持ちもあったのかもしれない。ただ、行政の“弱腰” “迎合的”な姿勢が、楠本被告を「調子に乗らせた部分」もあったのではないか。ほんの少しでも毅然とした対応が取られていれば、唐田さんの死という最悪の事態は免れたのではないか…。そうした思いが拭えない。