海外取材の自由と憲法との関係は? 旅券返納命令の憲法論 首都大学東京准教授・木村草太
新潟県のジャーナリスト、杉本祐一さんに、パスポート返納命令が出された。本稿では、海外取材の自由と憲法との関係を解説する。筆者は、シリアやイラク情勢の専門家ではないため、杉本さんへの命令の合憲性・適法性については判断できない。あくまで、一般的な憲法論を整理するに止まる。
1 海外渡航の自由
憲法は、国家権力の濫用を防ぎ、国民の自由を守るための法である。立憲主義に基づく憲法には、国民が国家に対して行使できる権利のリストが規定されている。日本国憲法でも第三章が国民の権利を定めている。 その憲法の第22条は、次のように定める。 【日本国憲法第二十二条】 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。 この「外国に移住」には、外国への永住のみではなく、観光旅行や留学などの一時的な滞在も含まれる。これは最高裁も、帆足計(ほあし・けい)判決(最大判昭和33年9月10日民集12巻13号1696頁)で認めている。 帆足計判決とは、GHQ占領下の1952年、社会党左派の政治家である帆足計氏らが、モスクワ経済会議に出席しようと旅券発行を求めたにもかかわらず、外務省が、(1)帆足氏らの安全が確保できないこと、(2)「日本国の利益又は公安を害する虞れがある」ことを理由に、旅券の発行を拒否した事案である。 この判決の中で、最高裁は「憲法二二条二項の『外国に移住する自由』には外国へ一時旅行する自由を含むものと解すべきである」と明示している。もっとも、海外渡航の自由は絶対無制約に保護される権利ではないとし、結論として、(2)国際関係への影響を根拠に、発行拒否を合憲・合法と判断した。
2 政府が国民を保護する責任
今回の杉本さんへのパスポート返納命令は、次の条文に基づく。 【旅券法19条1項4号】 第十九条 外務大臣又は領事官は、次に掲げる場合において、旅券を返納させる必要があると認めるときは、旅券の名義人に対して、期限を付けて、旅券の返納を命ずることができる。 四 旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合 つまり、目的地が非常に危険だという理由で、命令が出された。では、目的地が危険であることを理由に、海外渡航の自由を制限するのは妥当だろうか。 これを考える前提として、日本政府は、日本国民の生命・身体を保護する法的義務を負っていることを理解する必要がある。憲法13条は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と規定する。国民を保護する義務は、国民が国外にいる場合でも同様に生じる。 日本政府は現在の状況にかんがみて、国民の保護義務を全うするには、シリアへの渡航を制限するしかないと考えた。そこで、杉本さんのパスポートを返納させたわけである。