自民・小池百合子氏会見 都知事選出馬を正式表明(全文1)推薦なしの立候補
肖像画よりも今のこの東京の改革したい
24年前に現役のキャスターから政界に飛び込みました。あと1年いれば肖像画が国会にかかると、そういう権利も頂戴することがありますが、私は肖像画よりも今のこの東京の改革、そして日本経済の成長のエンジンであります東京を一歩でも前に、そして20年後30年後、いえ、100年後の東京に大きな流れを、確実な流れをつけていきたいとこのように意気込んでいるところでございます。 ご承知のように当初は日本新党から出馬をいたしました。当時、キャスターを辞めてまったく新しい、何もない政党から出馬をするということについては、皆さんは無謀だとか、そんなばかなことはやめろとずいぶんお叱りも受け、しかしそれをいただきながらも自ら決めた道を飛び降りたわけでございます。 当時、冷戦構造が終結をし、そして湾岸戦争もございました。バブル経済の崩壊もございました。そして内外の情勢を伝え、日本の国会の情勢も伝えたことも覚えておりますが、しかし世界が激動する中で日本がなかなか歩みを進めないことにいら立ちを感じ政界に身を投じ、そして四半世紀でございます。今、日本の経済、そして東京が置かれていること、現在、東京が置かれている現在の状況。これらを考えますとあまり時間は残されていない。そして東京オリンピック・パラリンピックも2020年控えている。そういう中において私、ぜひともこの東京というメガシティーを率いていきたいと、このように思っているところでございます。
日本の構造改革に懸ける思い、それは今も変わらない
先ほどの日本新党の話に戻しますと、しがらみがない政党だからこそいろんなことに挑戦をすることができました。とてもやりがいのある1年間でございました。そして日本の構造改革に懸ける思い、それは今も変わっておりません。またこのところいろいろと私のこれまでの経歴などご紹介いただく放送などを見ておりまして、政党がころころと変わるというようなご指摘もいただいているわけでございます。しかしあらためて申し上げますとそれは政党の離合集散の結果であって、政党名が変わっただけでありまして、私の主張、思想、そして信念、これは一度も変えたことがございません。 そしてまたあらためて思いますと、政党というのはあくまでも機能体でありまして、仲間内の運命共同体ではないと、このように思っております。政党が機能を果たしてこそ政党であり、そしてまた自民党などはとても家族的で素晴らしい政党ではございますけれども、特にこの東京の自民党、都連ということについてはむしろ改革が必要ではないかと思うわけでございます。 もう1つ、選挙区も変わりました。兵庫から東京に移って戦ったあの2005年の郵政選挙のとき。あのときもがけから飛び降りる気持ちで挑戦をいたしました。当時、小選挙区と比例代表の掛け持ちというふう皆さんがお考えになったかもしれませんけれども、私はあえて覚悟を示すためにも比例代表に名前を載せないでくださいというお話をして、みんながあっけにとられたということを聞いております。つまり挑戦するときは退路を断つということが、私にとってのこれまでの生き様でございます。いつも安全ネットを設けずに飛び込みますもので、周りをひやひやさせることがありますけれども、やはり社会を変える、世の中を変えるときっていうのはそういったことも必要なんだろうと思っております。