『古今和歌集』の撰者、紀貫之の百人一首「人はいさ~」の意味や背景とは?|紀貫之の有名な和歌を解説【百人一首入門】
紀貫之は、心情豊かな表現と卓越した技量で知られる平安時代を代表する歌人です。『古今和歌集』の撰者としても知られ、「仮名序」も執筆しています。また、日本で初めてひらがなで書かれた、日記文学『土佐日記』の作者としても知られています。 写真はこちらから→『古今和歌集』の撰者、紀貫之の百人一首「人はいさ~」の意味や背景とは?|紀貫之の有名な和歌を解説【百人一首入門】
紀貫之の百人一首「人はいさ~」の全文と現代語訳
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香(か)に匂ひける 【現代語訳】 あなたは、さてどうでしょう。人の気持ちはわからないけれど昔なじみのこの土地では、梅の花だけが昔と同じいい香りをただよわせていますよ。 『小倉百人一首』33番、『古今和歌集』42番にも収められています。『古今和歌集』の詞書(ことばがき、和歌の前書きのこと)には、次のようにあります。 初瀬に詣(まう)づるごとに宿りける人の家に、久しく宿らで、程へて後にいたれりければ、かの家の主人(あるじ)、「かく定かになむ宿りは在る」と言ひ出して侍(はべ)りければ、そこに立てりける梅の花を折りて詠める 【現代語訳】 かつて、長谷寺に参詣するたびに泊まっていた宿に梅の花のころ、久しぶりに訪ねたところ、その宿の主人が「このように確かに、宿は昔のままだというのに」(あなたは心変わりされて、ずいぶんおいでにならなかったですね)と言った。そこで、そこに立っている梅の枝を折ってこの歌を詠んだ 贈答歌ですから、「人」は直接の相手である宿の主を指しますが、同時に、世間一般の人々を指しています。「いさ」は、下に打消しの語を伴って「さあ、…ない」という意味になります。ここでは、「さあ、人の気持ちはわかりませんよ」といった、相手を軽くいなすようなニュアンスです。 一方で、春の訪れとともに咲く梅の花の香りは昔と変わらない。この歌は、移ろいやすい人の心と、変わらない自然の花を対比させています。
紀貫之が詠んだ有名な和歌は?
前述したように、紀貫之は日本で最初の勅選和歌集『古今和歌集』を編纂しています。序文である「仮名序」も記し、和歌に対する思いやこれまでの優れた歌人の批評をしています。そんな『古今和歌集』から、紀貫之が詠んだ歌を二首紹介します。 1:袖ひちて むすびし 水のこほれるを 春立つけふの 風やとくらむ 【現代語訳】 夏には知らず知らずに袖を濡らしてすくい上げた水が、寒い冬の間凍っていたのを、立春の今日、暖かい風が解かしているだろうか。 この歌は『古今和歌集』二番目の歌で、「春立ちける日よめる」という詞書があります。冷たく凍った水が、春の風で解かされていく様は、季節の変わり目と新たな希望を象徴しています。また、この短い歌の中に三つの季節が詠みこまれていることも、秀歌であることを伺わせます。 2:さくら花 ちりぬる風の なごりには 水なきそらに 浪ぞたちける 【現代語訳】 風で桜の花が散ってしまった名残には、水のない空に波が立っているようだなぁ。 風で桜の花びらが散り、多くの花びらが舞っている様子を、紀貫之は海で波が立っている様子に似ているととらえたのです。つまりこの歌は、見立ての技法を用いて、空を海に、桜の花びらを波に見立てた光景を詠んだものです。